見えない貧困を伝えて4ヶ月、想いが届いた
武智倫太郎さんに紹介していただきました。紹介そのものも嬉しかったのですが、それ以上に「伝えたかった想いが届いた」と感じられたことが何より嬉しかったです。タイトルを見た瞬間、手が震えました。あ、伝わった——と読み進めるうちに自然と「ありがとう」が口から漏れました。
「見えない貧困」を伝えようと決めて、4ヶ月が経ちました。本当に地道に書き続けてきて、私が伝えたいことをこうして記事にしてくださったことに、感謝の気持ちでいっぱいです。
この記事にもある「絶対貧困」という言葉、ニュースで小さな子どもが泣いている姿を見るたび、胸が締め付けられます。
本当に過酷な世界で「生きるか、死ぬか」の生活。現地で活動されている方は、本当にすごいといつも思います。
だけど「生きているだけ」でまるで奴隷のような生活を強いられることも、別の苦しみがあります。なぜ自分は生きているのか分からなくなってしまう――そんな深い孤独と絶望も、貧困の一面です。
そして、日本にいながら衣食住がままならない家庭があるのも事実です。「日本は幸せな国」という前提のもと、子どもはお金を稼げず、義務教育も「通っているのが当たり前」とされている。さらに、日本特有の「我慢」や「自己犠牲」を美徳とする文化もあり、貧しさを訴える人が「被害者意識が強い」「甘えている」と誤解されやすいのです。
見栄やプライドが邪魔をして、表に出せないまま助けを求められない家庭も少なくありません。その結果、子どもが危険にさらされ、ネグレクトや放置につながることもある。私自身、注射を打てば治る病気でも病院にかかれなかった経験があるからこそ、この現実を強く感じます。
「絶対貧困」では「死んでしまう」と思っても本当に病院に行けなかったり、薬がありません。日本には救急車を呼べる仕組みや助けを求められる機関があるのに、それさえできず、結果的にニュースになってしまう家庭がある――これが現実なのです。
私は、少しの汚れやヨレ、色落ちを見るだけで服を買い替えたくなります。当時を思い出すと、新しいものにして「安心」を取り戻したくなるのです。そういう小さな行動にも、過去の影が残っています。
今回の記事で、貧困の種類や社会問題について問題提起していただけたことに、心から感謝しています。伝えることの難しさを痛感しつつも、伝え続けることの大切さを改めて教えられました。
でも、苦しかったときは「誰が見ても貧困と分かる状態の方が、いっそ楽なのに」と思ったこともあります。
それこそ地震で借家がつぶれたらゼロになって、同情されるのに……と。
人間の心の弱さや、どこからスタートするかによって、その思いは大きく変わってしまうのだと思います。
また別の記事で、ボランティアの体験記を書く予定です。そのときの心の揺れや考えが、誰かにとって小さなヒントになればと思います。価値観がどう変わり、心がどう動いたのか――そんな過程を丁寧に綴っていけたらと思います。
