武智先生ワールドの虜です
noteで武智先生の記事を拝読してから、「書くことってこんなに楽しいんだ」と気づきました。
自分の中にある想いを、言葉にすることが少しずつ楽しみに変わってきています。
武智先生の記事は本当に勉強になるので、少しずつ文章がすらすら書けるようになってきた気がします。
この記事に初めて出会って、
「記号で叫ぶな。文章で叫べ。」
この一文を見た瞬間、心に雷が落ちたようでした。
文字しかないのに、顔も声も知らない武智先生が頭に浮かんで、
自分の心の奥にあった声がブワッとあふれ出してきたんです。
ああ、もっと自由に書いていいんだ。
もっと自分らしく、好きに書こう。
伝えたいことを、どうすればちゃんと届くか考えよう。
文章で叫びたい。
そう思えるきっかけになりました。
読みたい気持ちでフォローしたら、まさかのフォローバック。
「読んでくれているわけない」と思い込んでいたのに、
スキやコメントをいただいて、有頂天になりました。
嬉しいなぁなんて思っていたら、記事まで取り上げてくれて。
あれだけたくさんのフォロワーさんがいるのに、ちゃんと認識してくれて、
伝えたいことを読み取ってくれて――
「ああ、書いてよかった」って心の底から思いました。
反応の連鎖って、すごく楽しいですね。
記事を通してコミュニケーションしたり、
お互いをリスペクトしたりしているうちに、
まるで毎日顔を合わせているような感覚になります。
ファンが多いのも頷けます。
共同マガジンにもたくさん追加してくださって、本当にありがたく思っています。
いつも応援してくれているんだなと感じるたびに、胸がじんわり温かくなります。
こんな記事を出したあとも、すぐに取り上げてくださって。
そのおかげか、フォロワーさんもあまり減らずにすみました。
気づいて、支えてくれる存在って本当に大きいですね。
なんで改めてこんな記事を書こうと思ったかというと、
武智先生の最新の記事を読んでいたら、ふと振り返りたくなったんです。
私は「やめる理由」を考えたことはないんです。
でも、やっぱりやめていく人は多いんだなぁって感じます。
私が書く意味は――
見えない貧困や、見えない家庭環境を伝えること。
自虐ではなくて、「必死にもがくことは格好悪くない」と伝えたい。
必死に生きている人がいる。
こんな現実もある。
そんな想いを、ただ言葉にして残しておきたいんです。
なんとかしようと思っても、現実が見えない。
だからこそ「見えるように」して、
少しでも専門家や影響力のある人に気づいてもらいたい。
心が折れかかっている人に、
少しでも叱咤激励になるように。
小さな手を差しのべることは、無駄じゃないと知ってほしい。
そんな気持ちを胸に、いつも書いています。
介護や育児のことは、私自身の息抜きのようなもの。
思いつめているわけじゃないけれど、もどかしさはやっぱりあって。
最近は特に、「お金よりも物を送る方が本当の支援になるなぁ」と感じています。
お金は、親に使われてしまうこともあるから。
そして、仕事にまつわることを有料記事にしているのは、
「学びにはお金を払うもの」という考え方が根っこにあるからなんです。
noteでは手数料のこともあるし、
あまり気負わず、力を入れすぎずに――
本当に“ゆるゆる”と、楽しみながら書いています。
書く理由は人それぞれ。
でも「みんなはどんな気持ちでnoteを始めたんだろう?」って考えるのが好きです。
私の記事はコメントで交流が生まれにくいテーマが多いけれど、
それでもコメントをもらえると、本当に嬉しい。
――そして、今日もまた。
武智先生の記事に煽られて、書いています(笑)。
