見出し画像

原文で読む『宇津保物語』 佐々木広治の読書随想

『宇津保物語』

 読了とも言えず目を通した程度ではあるが。なんというのか、ひと言で感想をまとめるのは難しく、それが本著の特色を表していそうでもあるが、そこをあえて押して言えば「破天荒」だろうか。
 別々の話の塊が三つあり、無理やり串刺しにして繋げた、といった気息を私は覚える。遣唐使でむかうも波斯に流され阿修羅に特別な琴をもらい妙技を学び七仙にあい、帰国して娘に琴を託し、娘は猿に護られ子を育て、とあらすじを辿るだけで、笑みがこぼれてくるほどに。また、求婚譚となり。猿に護られた娘の子がそこに出てくるわけで全く繋がりがないわけではないにしろ。そして一転権謀術数、権力闘争。串刺しにする串は、琴。山口博先生は『平安貴族のシルクロード』において竹取物語と宇津保物語はおなじ書き手であるかもしれぬとの考察されているが、そぞろに頷けなくもなく。『竹取物語』もかなりの、破天荒ぶりというのか、発想の飛躍の仕方がおもしろく。こういう突拍子のなさが、日本文学というのか、日本人の心性の潜在にあるのかもしれぬと心づかされる次第。
 私が宇津保から連想されるのはミゲル・デ・セルバンテスの『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』であり、中里介山の『大菩薩峠』。もちろんミゲル・デ・セルバンテスのものより先に成立しているし、より奔放であり、かつおもしろい。存外、中里介山の奇々怪々な、支離滅裂ともいえる鴻大な山脈は、日本文學のあだ花なようでいて、宇津保の正統な後継にあたるものなのかもしれない。
 日本文學というと、じめじめして狭隘な私小説が根本にあるようなイメージがあるが(実際日本の現代文學における小説はいかに私小説から脱却できるかの抗争、という一面がある)、深層、本質といってもかまわないのだろうか、大元にあるのは宇津保であり、竹取なのではないか。そして丸谷才一が『日本文学史早わかり』において詞華集が基としてあると説いたが、詞華集とともに織りなされてゆき形成されていったのではないか、日本文學というものは。見方を変えれば、メンタリティーの形成ということも可能だろう。ルーツとなるものを知ることは大切なのではないか。それは可能性を知る、ということにもなろうし。そんなふうなことを、つれづれ思ふけふこのごろ。

いいなと思ったら応援しよう!