腐男子の見る、石田衣良先生の早とちり。
石田衣良先生がご自身のYouTubeチャンネルのなかで、栗本薫をBL初期の人と紹介されていた。彼のチャンネルを観ていないから知らなかったが、BLを取り上げたことがあり、その流れでらしい。
栗本薫がBL初期の人ということは、BLを知る人であれば明らかに誤りであることは自明の理であることだろう。
栗本薫が命名し始めたのは「耽美」。それ以前からある「ヤオイ」との差別化をはかったものだろう。ゲイ雑誌のたしか『さぶ』だったかに、あんなものと一緒にされたくないと放言して論争というか喧嘩となり(『さぶ』は小説を重点的に載せていた)、後に和解したらしく彼女の主催する『JUNE』にゲイ雑誌の描き手の絵が載っていたのを目にしたものだったが。そういう経緯もある。
時系列としては、「ヤオイ」があり、栗本薫が「耽美」をつくり、だいぶ後に「BL」が生まれる。それはそういうものを私はまんべんなく読んでいたとか、熱心に読んでいたわけではないが、比較的身近で知っていたから、知識的なものだけでなしに、実感としても体験としても分かることであり。ちなみに、耽美ともつかぬ、BLという名称が生まれるまえの時代の作品があったことも、私は知っている。
「ヤオイ」も「耽美」も「BL 」も、女性向けの男性同士の恋愛を扱ってものだから同じだろう、という認識をする人が多く、そこに石田衣良先生もはいるのだろうが。かるく数冊、流し読みでもかまわない、目をとおせば歴然としたちがいが分かるもの。つまり、石田衣良先生は、流行りにのって扱っているだけのことなのだろう。流行りにのって、というのが悪意があるように感じられるかもしれないので、直して述べれば、流行りの話題として扱われたということなのだろう。ために、栗本薫が耽美について語ったことを、石田衣良先生がBLについてのことと捉え、よく呑み込めた、腑に落ちたというのもまた誤りなのであり。栗本薫が述べたことは、あくまでも耽美の、もしくはあの当時の時代、あの当時の愛読する人々についてのことなのだから。そこには当然、栗本薫その人もはいるだろうし。あの時代の読者たる女性たちを私は知っている。オタク自体まだまだ一般的でない時期で、女性はことにそうであったこと。かつ彼女らが嗜好するヤオイや耽美を表沙汰にしたくないという、もとより恥じらいもあろうが、美意識もあったのだ。そういう時代の風があった。ちなみに彼女らを「腐女子」といつの間にか称されるようになっているが当時はもちろんなかった。BLを愛読するものに「腐」をつけるのは、おそらく卑下というのか自嘲ぎみの、自虐的な謙譲語にあたる造語だと思われるが。応用形で、貴腐人だの腐男子なぞもある。さしずめ私は腐男子といったところか。
話をもどし、名称だけ見ても、違いがあるということは明白ではないだろうか。おなじであれば名称を変える必要性なぞないわけだから。それぞれの名称の意味、違いについての解説は省く。興味のある人なら、自分自身で調べられるだろうから。
ヤオイ、耽美、BLの違いを、どう喩えたら分かりやすいだろうか、と昨日から思案していてひとつ思いついた。あくまでも喩えの話なので、神経質にならず聞いていただきたい。一神教ととらえれば、分かりやすいのではないか。言うまでもなく、セム的一神教というものがあり、時系列としてはユダヤ教、キリスト教、イスラム教がある。一神教と幅を広げれば、ユダヤ教以前に、ゾロアスター教がある。セム的一神教ではなく、一神教とした方が話はさらに分かりやすくなるかもしれない。一神教とくくることは可能。されど、だから皆おなじ、という人なぞ、いくらそれぞれの宗教に詳しくなかったとしてもいないだろう。ユダヤ教とイスラム教、キリスト教とイスラム教がある意味血縁がなくもないだとか、ゾロアスター教がユダヤ教、キリスト教の遠縁にあるだとか、知らない人もいるくらいであるだろうし。そんななか、イスラム教の話題でユダヤ教の人の話をして、なるほどイスラム教とはこういうものかと腑に落ちたと言うだろうか。あり得ないことだろう。そういうことを石田衣良先生はされている、ということなのだ。どうやら、花の二十四年組(竹宮惠子、萩尾望都、山岸凉子)の男性同士の恋愛もしくは性愛を描いた作品だとか、森茉莉の作品をBLだとか捉えているらしいが。あまりに乱暴というか、粗雑な理解の仕方としか言えない。俗な言い方をすれば、それこそ味噌も糞も一緒にする行為ではないか。
石田衣良先生はあくまでも話題のひとつとして、さまで関心もなく扱われたのだろうが、プロの書き手でアシスタントなぞもち、本格的な作りの場で話すのであれば、もう少し学んで出したほうがよいのでは。書き手だとか、表現者として、以前に人として、異文化だとか異分野への尊重、敬意。知ろうとする姿勢。それは、何によらずに必要なことではないか。そういうふうに、はしなくも、私自身が教訓となるものを得られることのかなった。
