歳を重ねるごとに「閉鎖的な会議」はなぜ増えるのか?
キャリアを積み重ね、組織の中で責任ある立場に近づくほど、ふと気づくことがあります。
「あれ、前よりも『閉鎖的なミーティング』が増えてない?」
上司から、ちょっとこっちの部屋で話せる?
若い頃は店長や上司から降りてくる情報を受け取る側でした。
やがて職位が上がれば、人事評価や経営戦略など「みんなの前では話せない機密情報」を扱う機会が増える。
だから、上の人たちが密室で会議をするのは、ある種、役割上の必然とも言えます。
しかし、ふと立ち止まって思うと。
「この閉鎖的な仕組みは、本当に合理的なのだろうか?」
今回は、なぜ組織は閉鎖的になりがちなのか、そしてそこに欠けている「納得感」の正体について、サッカー日本代表の戦い方をヒントに考えてみたいと思います。
なぜ「閉鎖的な会議」は、一時的に合理的と見なされるのか
上の立場にいる人たちが閉鎖的な会議を選ぶのは、単に情報を隠したいという悪意からではありません。そこには、組織を防衛するための「短期的な合理性」があるからです。
意思決定スピードの確保
参加者が増えれば調整コストが増える。少人数で方針を固めて下ろす方が、組織は速く動けると信じられている。
そりゃ、そう。
心理的安全性の確保
未確定のアイデアや懸念をオープンにすることで、現場に無用な混乱や不安を与えないようにする「配慮」がある。
いちいち、出た案を言われてたら、現場は混乱するし、そのうち話を聞かなくなる。
そりゃ、そう。
機密保持の境界線
人事評価や経営の根幹など、法的・倫理的にクローズドにすべき情報は確実に存在する。
これらは、組織を統制する上では確かに理にかなっている。しかし、これが長期化すると、組織は「見えない壁」によって蝕まれていく。
あの人はこの評価、この人はこの評価。
そんなのがおおっぴらになるのは、だいたい嫌。
そりゃ、ごもっとも。
ここから先は
よろしければ、応援をお願いします! ものすごく喜びます!
