徳融寺ツアーとならまち巡り
稲麻竹葦の、来月 奈良通検定を受ける方、芦原瑞祥です。はよ試験終わらせて、文フリで買った本読みたい……。
先日、ちとせなら様主催のミニツアーに参加しました。ならまちにある徳融寺をじっくり拝観するコース。そう、『稲麻竹葦十一号~藤原仲麻呂とともに~』で拙作の主人公にした、藤原仲麻呂の実兄・藤原豊成ゆかりのお寺です。これはもう参加するしかありません。
徳融寺は、藤原豊成の邸宅跡といわれる場所に建っており(さすがいいところに住んでますね!)、豊成の娘・中将姫ゆかりの地でもあります。

まずは本堂にて当麻曼荼羅の解説。極楽往生への道、という感じで細かな部分まで説明していただきました。
本堂のご本尊、快慶作と言われる阿弥陀如来様を、内陣の本当に真向かいの位置まで立ち入らせていただき、間近で拝観することができました。こんなに近くていいのかしら。貴重な機会です。ちなみに、北条政子の念持仏なのだそうです。
そして、布にくるまれた、乾漆菩薩立像の残欠がオープン! 奈良時代のものだそうで、三分の一ほどの御身の、中がくりぬかれているところや多臂であることなどがわかる部分をじっくりと見ることができました。
本堂から庫裏へ抜けると、豊成公と中将姫の像が。豊成公の横には「前太保豊成公神儀」の札が。右大臣じゃなくて太保なのね、と興味深かったです。仲麻呂失脚後は、元の官職名に戻したんじゃなかったっけ?
お庭が見られるように開け放してあったのですが、継母が中将姫を突き落としたと言われる虚空塚がここなのだそうです(このあと、外側からも見ました)。

続いて、開催中の路地ぶら ならまちで公開中でもあった、観音堂へ(こちらのみ撮影可)。赤ん坊を抱くお姿の、珍しい子安観音様がいらっしゃいます。

薬師如来様は、御厨子の内側に日光菩薩・月光菩薩が描かれています。

普段は非公開の毘沙門堂も開いていて、屋根にはムカデを象った瓦がありました。灯籠にもムカデ模様が。
そして、藤原豊成と中将姫の供養塔。歌舞伎の『中将姫雪責』公演の際には、役者や関係者が参拝に来たそうです。あと、雪責めの松の切り株と言われるものも昭和時代まで残っていたとか。

みどころたっぷりで、大満足のツアーでした。ありがとうございました!
この日はならまちで「路地ぶらならまち」というイベントが行われていて、普段は非公開のお寺を拝観できるとのことで、朝からいろいろ回っていました。
藤原豊成&中将姫関係では、近くにあと二寺あります。まずは誕生寺。

中将姫・豊成・紫の前の親子三人の御殿が並んでいたことから三棟殿とも言うそうです。庭には中将姫の産湯の井戸(伝)があり、生誕地と言われています。井戸のほかに、阿弥陀如来をお祀りする極楽堂があるのですが、そこへ行くまでに二十五の菩薩の石像が並べられており、極楽へいざなわれる様子をあらわしているそうです。

同じく中将姫ゆかりの高林寺には、藤原豊成座像と中将姫座像がお祀りされています。

豊成公関係以外では、十輪院が印象的でした。元正天皇勅願のお寺で、吉備真備の長男・朝野宿禰魚養の開基とも伝えられています。石仏龕というめずらしい石の厨子があるのですが、こんな大きな厨子を石で!?という驚きがあります。中には石の地蔵菩薩様、左右に釈迦如来と弥勒菩薩が浮き彫りになっていて、とにかくすごいから一度は見てほしい!

元興寺は、思ったより広くて大きいので驚きました。蘇我馬子が飛鳥に建てた法興寺を、平城京遷都に伴い移築したお寺です。国宝の木造五重小塔は奈良時代のもの。あの人やあの人も見たかもしれないと思うと、アガりますね。


その他には、崇道天皇社と御霊神社に参拝しました。ならまちの御霊神社さん、好きなんです。


奈良時代に思いを馳せる一日でした。
個人的には、橘諸兄の娘が、継子である中将姫をいじめたというのは、橘氏を貶める流言だと思うのです。各寺にボランティアガイドさんがいらっしゃって話を聞けたのですが、当たり前のように継母を悪く言うのですよね……。自作小説内では、諸兄の娘は穏やかな女性で中将姫とも仲良かった解釈をしている身としては、少しモヤっと。(小説内では、仲麻呂が豊成を追い落とすために流言を流したり、中将姫が淳仁天皇に嫁ぐのを阻止しようと危害を加えたことにしています)
小説内では好き勝手書いていますが、実際のところはどうだったのでしょうね。
藤原豊成(仲麻呂/恵美押勝の兄)が主人公の小説「星、落つ」が収録されている『稲麻竹葦十一号~藤原仲麻呂とともに』は、文学フリマ等で頒布しております。見かけられた際は、ぜひともお手に取ってください!

