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オアハカに長く住んでも、まだ知らない場所がある。マサテコ族の村で過ごした3日間

こんにちは、オアハカ在住のさるです。

ある日、友達からDMが届いた。

「村のお祭りがあるから来てほしい」

さらに、

「マラソン大会の写真も撮ってほしい」

そんな誘いだった。

私は17年ぶりにHuautla de Jiménez(ウアウトラ・デ・ヒメネス以下ウアウトラ)、そしてその先にある小さな村を目指すことになった。

オアハカから7時間。パンの香りとケロロ祭りの長い道のり


オアハカからウアウトラまではスブルバンに乗っていく。
いつも利用しているスブルバン会社を使う。

市内のスブルバン乗り場

いきなり、出発からトラブル発生。
ウアウトラ行きのスブルバンの出発が30分遅れた。

でも、メキシコ時間でいったらこんなん、誤差かもしれない。笑

その後、オアハカから1時間ちょいのところにあるパン屋で、みんな一斉に下車して、大量のパンを買い始めた。

急に、何事?っておどろいたんだけど。

どうやら、ここのパン屋は1級品ばりにうまいらしい。購入者談。

パン屋さん

乗客のほとんどの人が、日本の30リットルごみ袋くらいの袋にパンを詰め込んでいた。

びっくりするほど、みんな大量に買い込んでいる。笑

この話をウアウトラの友達にしたら。
私もいつもあそこでパン買っている!と言われた。

すでにギュウギュウのスブルバンの中は、乗客たちが買い込んだ、パンのにおいで充満し、そこから更に約6時間の山道移動となる。

オアハカの地形は独特で、山や川で地域が分断されている。

そのために山の高低差によって気温がすごい違う。

山を登り切ったあたりは、風も冷たくすごい寒いのに、30分後に山を下るとマンゴーがわんさかなっている、猛暑の平地へ。

ヤシの木が南国調

道中も、道が曲がりくねっている。
スブルバンは、縦と横両方に揺れる。笑

かわいそうに、子供がケロロ祭りを勃発。

あと、地味に体中が痛くなる。
結構、体力勝負です。

そして、途中の食堂でトイレ休憩と運転手さんの朝ごはん時間(約30分)

これは、もちろん運転手さんの食事が終わるまで乗客は待つしかない。

私も、牛肉とサボテンのメメリータを注文した。

牛肉とサボテンのメメリータ
ちょうどワールドカップ開幕戦の日

そんなこんなで、予定より2時間くらい遅れて到着しそうなのに、スマホ電波障害発生。

途中から、友達との到着時間連絡のチャットができなくなり、待ち合わせ時間が伝えられない。

スブルバン乗り場に到着したが、出迎えの友達はいない。

まいったなーと、トランクに預けた荷物の汚れを拭きながら考えていた。

「村へ行こうか?」で始まる予想外の展開


そこへ、友達登場!
うぁー!良かったー!!
合流できてーーーー。

一緒にいたのは、いつか行ってみたいと思ってたサン・ホセ・テナンゴ村の女性。

三人で一緒にお茶をし、
意気投合して、明日はテナンゴへ行くことになった。

ウアウトラで買い出しをして。

「じゃ、村へ行こうか?」って言われた。
「ん?ここウアウトラじゃないの?」
「ちがうよ、ここから30分くらいの村。トラックあるから」

…そんな遠い村だと思ってなかった。笑

なのに「もう村行きのトラックない」状態。笑

時刻は、夕方17時すぎ。
最終便が出たらしい。

どうやって村までいく?
「タクシーで行くしかないけど、200ペソかかる」と言われた。

友達は交通費を出すと言ってはくれたが、結構するな。

でも、仕方ないとタクシーを待っていたら、友達を見つけた男性が声をかけてきた。

「ドクトール(ドクター)」と呼んで挨拶する友達。

200ペソを渡すドクター、乗り合いになるタクシー


さすが村!みんな顔みしり。
友達と親しげに話をするドクター。

状況を話す友達。
するとドクター、いきなり彼女に200ペソ札を渡し、知り合いのタクシー運転手のお兄ちゃんに「彼女の村まで行って」とお願いしていた。

親戚のおじさんが、姪っ子にお小遣い上げる感じだった。

めっちゃ太っ腹だな。

ラッキーとタクシーに乗車する私たち。

途中、友達が
「あ、近所のおじさんいる。おじさーん!乗っていきなよ!」と声をかける。

少し行くと、また別のご近所さんを発見。
「村まで乗っていきなよ」

そして道中で、近所に住む青年にも「村まで乗っていきなよ」と声をかけていた。

交通費をカンパしてくれるドクター。
ご近所さんなら、快く同乗させる友達。

なんかあったら助け合うことが、村での円滑さを作り出しているのかもしれない。

そして、車内でみんなを見てて
日本と違うと感じたのは、年齢差の壁が薄いように感じた。

友達は結構若い、たぶん20代前半。

近所のおじさん、おばさんはもちろん彼女の親くらいの年なのに会話が弾んでいる。

ちなみに、マサテコ語なので私には理解不能。笑

日本では、近所のおじさん、おばさんと偶然乗り合わせただけで、こんなに自然に会話が続くだろうか?

彼らの間には、年配だから壁があるという感じはしなかった。
なんかあればみんな声をかけあう。
面白い話題があれば共有して一緒に笑う。そんな感覚がある気がした。

トウモロコシ畑の向こうにある暮らし


さて、到着。
山肌に建つ素朴な住居がちらほら。

実は、いままで「かなり覚悟して行った村」の滞在先でも、意外とオアハカ市内と変わらない家だったことが多かった。

しかし、今回はガチ目に、良い意味で予想を超えていた。

山肌に植えられたトウモロコシ畑の小道をくだる。

友達の家族がいる住居へ向かう。

彼女の家の広いトウモロコシ畑

まず案内されたのは、
台所と食堂が一緒になった建物で、薪で調理していた。
向かいに、家族の部屋。
トウモロコシ畑の真ん中にトイレ。
家畜の小屋(牛と豚とウサギがいて、猫と犬もいた)

畑を通り過ぎた上の道路に面した場所に私たちが使う部屋がある。

土を敷いた土台の上で薪を焚べる
明日のご飯の用意も始まっていた
細めの牛さん
人懐っこそうなブタさん
雪は降らないらしいが
日本風な三角屋根
村のメインの通り

水は滝から。マサテコ族の村の生活


住居は、敷地内に分散していた。
トイレに行くにもトウモロコシ畑を抜けていく。

周辺を案内してもらった。
近くに、小さい滝があり、水はそこから兄弟が汲んでくるという。

家に蛇口はない。
大きなタンクに水を汲み置きし、そこからすくって水を使う。
トイレの水もバケツで流す。
便座はもちろんない。
シャワーもバケツにくんだ水かお湯で済ます。
洗濯する場所はあるが、同じく汲み置きの水を使う。

日本の住居とは全く違う生活様式。

冷蔵庫もない。
食材は使う日に使う分だけ買う。

カルド・デ・チーボ(ヤギスープ)用に肉を買う

薪で調理するお母さん。

この料理台マジで合理的
好き

作ったごはんは、大抵その日のうちに食べきってしまう。
主食のトルティージャにメインのおかず1品。

日本みたいに何品も食卓に並ばない。
これはマサテコ族の家というより、私がみてきたオアハカの家族では、そういうことが多い。

滞在中にいただいたご飯。
全部美味しかった。

鶏肉のモレ
市内とは違う地方モレ
豚肉のグリーンソース煮
めっちゃ柔らかくておいしかった
ヤギのスープ
臭みがなくおいしかった

寒い地域なので、台所には鍋いっぱいのコーヒーが常備されていていつでも飲めた。

お茶みたいな感覚らしく、コーヒーはかなり薄い。

パンと果物もテーブルに用意されていて
「好きな時に食べてね」って言われた。

ありがとう!優しい。

みんなで食卓を囲んで、その日あったことを話しながら食事をする。

ほんとうに、どんな些細なことでも話題になる。

言い方は悪いが、特に突出した娯楽がないと、こういう会話がメインの感じになるのだろうか?

私が普段、経験しない家族団らんに混ぜてもらった。

不便そうな感じを受けると思うが、慣れればそうでもない。

私は以前、ちょっとした事情で、元カレの家に住んでいたことがある。

そこは、まだ建築途中で蛇口も湯沸かし器もないトタン屋根とコンクリ床の家。
雨が降れば、トタンをたたく音で、テレビの最大ボリュームも会話も全然聞こえない。庭は浸水し足元が泥んこになる。

汲み置きの水で顔を洗い。食器を洗い。
部屋にあるテーブルと小さいガスレンジで食事の準備をしていた。

そんな環境で数か月過ごしていたので、質素な生活には、かなり順応できる方だ。

スマホとスカイTVがある山奥


山奥なのに意外と、スカイTVに加入している家が目立つ。友達の家にもあった。
やはり、ここの娯楽はTVになるのか。

ちなみに、到着した日は電話の回線トラブルがあったんだけど。
翌日には、携帯にも電波が入り、スマホでネットを使うこともできた。

友達の息子(5歳)は、ベッドで祖母と一緒にタブレットで色々な動画をみて楽しんでいた。

なんとなく、最新テクノロジーと昔ながらの様式が混じりあっているのが不思議だった。

それでも、家に洗濯機はなく、ガスもなく、冷蔵庫もなく、湯沸かし器も、シャワーもない。

そういう生活が、いまでも成り立っている場所が、オアハカの奥深い小さい村にはまだある。

滞在した場所は、湿気が多く、朝晩は霧が深くて寒い。日中、太陽がでれば暑い。

そんな山の中で過ごした、3日間だった。

最終日、お土産に村のパンとコーヒーをいただいた。

ちなみに、これは計算外だったけど。

なんと、わたし。
ノミ。ダニ。トコジラミのフルコンボで全身を刺されてきました。笑

その数、50か所以上。

帰宅して、2カ月以上経ってもまだ刺し傷が消えません。笑

滞在先の家族、同じ部屋で寝てたのになんともない…理不尽じゃね?

実は去年、別の山深い村へ行ったときも同じく刺された。

オアハカの村訪問あるあるかも。
なので最近、なんかいい回避方法はないか?模索中です。

17年ぶりのウアウトラ訪問。


オアハカに20年近く住んでいても、まだ知らない景色がある。
そんなことを再確認した訪問でした。

17年ぶりに訪れたウアウトラは、昔のままの部分と、変わった部分が混ざり合っていた。

教会の色が変わっていた
民族衣装の聖母
外国人観光客もチラホラ
かなり「街」という感じで
整備されていた
シャーマン・マリア・サビーナ

そして、その先にある村々には、まだ私の知らないオアハカがあった。

サン・ホセ・テナンゴ村訪問の続きなどは、またいつか。



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