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26_込み上げるクラフトビール

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「俺も手伝う」

私と達也は、並んで厨房に立つ。

達也が横にいるのは珍しくないけれど、厨房に並んで立つと心拍が速くなった。左半身が、熱を帯びている。くすぐったいような、あったかいような。手を打つ水が、余計に冷たく感じる。

私が食器を洗い、達也が食器を拭いた。
洗い終わると、達也が拭き上げた食器を、棚にしまった。戸棚の戸を閉める。

流れていた水の音、重なる食器の音が、厨房からさっと消えた。銀色のシンクの冷たさが伝わってくるほどの静けさだ。私の耳は、達也の息遣いと私の心臓の音を拾い始めた。沈黙が、怖い。

耐えきれず、すぐに口を開いた。
「ビールでいい?」
私は冷蔵庫を開ける。奥にしまっていたビールが、ころんと回転した。“結“と書かれたラベルが、目に入る。「あ」と、間抜けな声が漏れた。

「どうした?」
「いやね、達也の誕生日プレゼントにHOMUSUBI  CRAFTのビールを買ってたんだった。なんか色々ありすぎて、完全に忘れてた! ごめん!」
私は唇をキュッと結んで、頭を下げた。

「気にすんなって。ありがとな」
達也は私の頭を、ポンポンっと叩いた。

「自分用に冷やしておいたのがあるから、今日はそれ飲もうか」
「いいね」
「プレゼント用のビールも、持ってくるね」
「今度飲みにくるから、置いといてよ」

次の約束に、込み上げてくる喜びが口元から漏れる。

二人で向かい合わせで、テーブルに座った。グラスにビールを注いで、カチンと合わせる。
「話って、何?」
達也はすぅっと空気を吸って、はぁっと息を吐いた。

「もうちょっと後でもいい?」
「もちろん、いいよ」
こわばった達也の顔を見て、私の緊張が解けていく。

「私も話したいことがあったんだ」
「何? そういえば、狐の話も気になってたんだよね」
私はグラスのビールを、ぐびっと飲んだ。
これまであったことを、ゆっくりと話す。

再び琥珀が、店に来たこと。
穂結山の展望台に行ったこと。
お稲荷さんで見た、信じられないくらいに不思議な光景。
お稲荷さんの移転。
愛宕神社での夏祭りの計画。

「なんか、すごいことが起きてるな。俺が仕事でバタバタしてる間に。ちょっと、いや、すごすぎて頭が追いつかない」
首を傾げながら、達也もグラスのビールを空けた。

私は達也のグラスにビールを注ぐ。
冷えたグラスに、ぶわわと泡が立つ。そこから湧き上がる気泡が、まるで花火みたいに見えた。花火が黄金の液体を舞い、泡がふわっと宙へ消えた。まるで、天にのぼる入道雲だ。いつもくすんで見えた店内が、晴れた日の晴天みたいに眩しい。

「あ」
「今度は何?」

私はテーブルの上のHOMUSUBI CRAFTのラベルを一瞥する。
「愛宕神社で夏祭りがあるでしょ? 私、そこでお店を出すんだけど、HOMUSUBI  CRAFTも、テナントを出させてもらったらいいんじゃない? いいPRになると思うし」
達也の目が、キラッと明るくなった。

「いいな! それ!」
「でしょ? あ、でも売上の一部は、お稲荷さんの移設費用にしないといけないから……」
眉をひそめる私に、達也はくしゃっと笑う。

「全然問題ないでしょ。いやね、社長とも、どんどん色んなイベントに出店しようって話をしてて。お祭りってさ、いろんな人が来るからクラフトビールに興味がない人にも手に取ってもらえるいい機会じゃん。試飲とかもしてもらいたいし」
楽しそうな達也の顔を見ていると、こっちまで楽しくなった。

「転職して、よかったね」
「まあな。で、香菜は何出すの?」
私はふふっと笑う。

「わかった。もちろん、あれでしょ」
私は目を細める。
「わかるかな?」
「絶対あってるから」
達也は鼻を鳴らす。

「じゃあ、せーので言おうか」
「オッケー」
「せーの」

私たちは息を吸った。

「唐揚げ!」
二人の声がぴったり揃う。でも、どこか違和感。もう一つ、声が重なった気がした。どこからか視線を感じて、私は厨房に目を映す。母がこちらを向いて笑っているように見えた。

「ほら当たった。みずたまの唐揚げは絶品だから」
私は厨房に目線を移したまま「お母さんの味だからね」と胸を張る。

達也が顎に手を当てた。
「それさ、前から考えてたんだけど、味、一緒?」
「変えてないけど」
「なんか違うんだよな。もちろん昔っからずっと美味いんだけど、香菜の揚げたやつの方が、正直、俺は好みなんだよな。食感が違うのかな」

急に熱いものが込み上げる。
じわじわと満たされてきた心の空洞は、いつの間にか、溢れんばかりの温かい気持ちで満杯になっていた。空の鍋に溜まった湯は表面張力に耐えきれず、私の目からこぼれ落ちた。

「何、泣いてんだよ」

私はぐしゅっと顔を縮めた。
「泣いてないし」
達也は手を差し伸べて、私の顔の涙を拭った。

「あのさ、話したいことがあるんだけど──」
「私も、──」

「どっちから言う?」
「なんて言うか、わかる気がする」
「ほんとかよ」
「じゃあ、せーので言おうか」

私たちは、一呼吸置いた。


店の空気が、静まり返る。
誰かが私の背中を、トンっと押した。背後から「頑張れ、香菜」と私にだけ聞こえる声が、耳に響く。


「せーのっ──」


二人の笑い声が、店内に響いた。




次回予告 27_約束のないパンケーキ
お稲荷さんも無事に完成し、夏祭りはいよいよ明日。
今日は準備のために、大忙し。誰もいない店内で、声をかけられて……。

#創作大賞2025 #ファンタジー小説部門


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