いちばん古い記憶
ふと頭の中に浮かんできたのは、幼少期の頃に住んでいた徳島の家だった。
向かいには木造の古い家があった。父が結婚するまで住んでいた家で、物置になっていたのか、入った記憶がほとんどない。私が住んでいた家は、結婚する際に父が建てた家だった。どの部屋もゆったりと広く、子どもが走り回れるほどだった。家の外には、家庭用の畑があり、父が種飛ばしてから生えてきたという、大きな柿の木もあった。
田舎だと記憶している。周りは田んぼに囲まれて、家の裏にも田んぼがあった。夏になると蛙が大合唱を始め、窓には大量の蛙が張り付いていた。友達の家に行くのに一番の近道は、田んぼのど真ん中。刈り入れが終わった後の、裸になった田んぼの真ん中を、小学生にもなっていない私が突っ走っていたのを覚えている。道なき道。
リビングのテレビは、小さな箱型のブラウン管テレビで、チャンネルを変えるのはダイヤル式。上にはアンテナが立っていた。電話は黒電話で、電話台の下には分厚い電話帳とメモ用紙。父の書斎にはたくさんのレコードが置いてあって、よく分からないボタンがたくさんついている無線機もあった。そういえば、幼児雑誌の付録には、童謡が録音されたレコードが入っていたんだっけ。
私の家の記憶は、色あせたセピア色だ。あまり思い返さないからか、ところどころ虫食いのようになっている。ふと思い出した拍子に、思い出はカラーで蘇る。黄色に緑に、空の色。イチゴジャムの赤い色に、身長が刻まれた茶色の柱。
夏になると、庭で取れたとうもろこしを母がゆがいてくれた。とうもろこしの葉っぱを剥ぐと、中から蟻が出てくる。ぎょえーと驚いていると、蟻がいるのは、美味しい証拠で、無農薬の証だと教えてもらった。冬のお風呂場は寒くて、しんと冷えた風呂場に、一緒に住んでいたおばあちゃんと入ったりもした。
初めてのおつかいのことを、今でも鮮明に覚えている。私が幼稚園に通っていた頃だ。日曜日の朝に食べる食パンを、近所の小さなスーパーのようなお店に買いに行った。買ってきた食パンを、張り切ってトーストしたんだっけ。焼けたトーストを取ろうとして、網の向こう側に親指を突っ込んで火傷したのは忘れられない思い出だ。
トーストしたパンに塗ったのは、赤いイチゴジャム。あの頃のイチゴジャムといえば、紙製の容器に入ったゼリーみたいなジャムだった。ぷるんとしたジャムをパンに乗っけて、スプーンでぐりぐりと伸ばして食べていた。菓子パンを選ぶ時は、いつもジャムパンを選んでいて、中からは同じようにぷるんとしたイチゴジャムが出てきたっけ。
休みの日には早起きをして、一人テレビの前に座ってアニメを見ていた気がする。私が一番好きだったのは多分、パーマンだったんじゃないだろうか。クリスマスのサンタさんからのプレゼントに、パーマンのマントとバッチをもらったんだった。早起きした私は、早速パーマンのマントをつけて、階段の三段目から飛び降りた。
── 飛べない。
ショックだった。マントがあれば飛べると思ったのに。「あなたは本気で飛べると思ってたみたいよ」と、母がいまだにその話をしたりする。
いちばん古い記憶がどれなのかは私にはわからない。
もう懐かしいあの家はなくなってしまったから、訪れて思い出すことは、二度とできない。なんだか寂しいけれど、たまには思い返して、家族と昔話をするのもいいかもしれない。

