雨雲と冷凍ハンバーグ
灰色の雲が近づいてきた。生ぬるい風が吹く。雨が降りそうだなと空を見上げた。こんな時に思い出すのは、忙しくて疲れていたあの頃だ。五年前の私は、ひどく疲れていた。
休日になると、ソファに体を沈めた。何もしたくない。何もできない。胸の内に渦巻いているのは、重たい雨雲だった。歩いても走っても、雨雲はどこまでも私についてくる。今にも泣き出しそうな空は、私を不安にした。
息をすると、重たい呼吸音が耳をつく。心臓の音とズレると焦りを覚えて、脈が早くなった。温かいタオルを目の上に乗せて、深呼吸する。
「おかあさん。お腹空いた」
当時、小学一年生の息子が声をかけてきた。
「ごめん。冷凍庫のご飯と冷凍のハンバーグをチンして食べて」
「わかったー」
息子が小学生になった時、私や夫が忙しい時でもお腹が満たせるようにと、電子レンジの使い方を教えた。私がいる日に電子レンジを使わせたいわけではなかったけれど、体が動かない。ご飯を用意してあげられない罪悪感が、ちくりと私の胸を刺した。
ごめんね。本当は大好きなチャーハンとか、ハンバーグを作ってあげたいんだけど。
冷凍庫を開ける音、お皿を出す音、電子レンジの音。台所で、カチャカチャと音がした。大丈夫かなと、私の耳は息子の動きを追う。しばらくして、テーブルの上に食器が置かれる音がした。
「お母さん、できたよ」
明るい報告に、胸を撫で下ろす。
「お母さんの分も作ったよ」
私は冷たくなったタオルを取った。視界が明るくなる。テーブルの上には、あたためられたご飯と小さなハンバーグがのっていた。ちゃんとケチャップもかけてある。
「いいと? お腹空いたんやないと?」
私は大きく目を開いた。
「オレの分もあるけん。これは、お母さんの分」
「ありがとう!」
疲れたなんて言ってられない。急に元気が出て、私はソファーから飛び起きた。ハンバーグを頬張る。安定の美味しさと甘酸っぱいケチャップ。いつもより、不思議としょっぱい。
「美味しいね」
あの時、私の中を漂っていた雨雲が、少しだけ晴れたのが分かった。

ぽつりと、小さな雨粒が頬を叩いた。風が吹く。雨が降っているおかげで涼しい。気持ちいいなぁと顔を上げた。空には晴れ間が見えている。雨雲は雨を落とし、役割を終えて、薄い雲へと変わっていた。
我慢しててもダメなんだよな。
雨を降らせなきゃ、重たいまんまだよな。
あの時の私はうまく泣けなかったけど、今ならちゃんと泣ける。
