KAT-TUNという船
2025年3月31日、KAT−TUNが解散する。
いつかはそんな日が来るかもしれないと、薄々は気づいていた。
でも、来なくていいと思ってた。
来るなら、かっこよく終わらせてくれよ。
私たちのKAT−TUNは、ずっとかっこよかったじゃないか。
🎙️♪♪♪
私がKAT−TUNを知ったのは、いつだっただろうか。
正直なところ、よく覚えていない。KAT-TUNの結成当時、SMAPが好きだった私にとって、彼らはジュニアのグループのひとつに過ぎなかった。
まさか、あの夜を境に、どハマりするなんて…….!
2006年3月10日金曜日。
KAT-TUNは、デビュー曲Real Faceをミュージックステーションで初披露した。ジャニーズには似つかわしくない黒づくめの衣装に、チャラチャラギラギラとした男が6人。王道ジャニーズグループのようなキラキラとしたダンスはなく、攻めたラップに、不意打ちの舌打ち。
え? かっこよすぎん?
突然、恋に落ちてしまった私は、録画していたミュージックステーションを繰り返し見まくった。
録画をしていた時点で、ハマるという予測は自分でも立てていたのではないかと思う。
それが、私とKATーTUNの出会いだった。
当時はまだファンクラブに入ることはなく、彼らの出るテレビを録画して見たり、YOU&Jという関ジャニ、NEWS、KAT−TUNの合同ファンクラブに入っている友人に誘われて、コンサートに行くくらいのものだった。
初めてKAT−TUNを生で見た時は、全員の顔面偏差値の高さに絶句した。ノーマークだった上田くんが天使のように可愛くて悶え苦しんだのは、記憶に新しい。私の担当は亀梨くん。どんなところが好きなの?と聞かれることがあるけれど、答えることが難しいのが本音だ。本能で好きだとしか答えられない。KAT-TUNを好きになってからというもの、いつの間にか、私を囲む小物はピンク色になっていった。亀梨くんのメンカラだからという理由で。
🎙️♪♪♪
ファンクラブに入ると決めたのは、2010年。
赤西くんが脱退した年だ。
主軸の赤西くんが脱退?
仁亀は?
もしかしてKAT−TUNがなくなったりする?
え?そんなの困る!
私もKAT-TUNを応援しなければ!
そう考えた私は、すぐにファンクラブに入会。
踏み入れたのは、底なし沼だった。
CDやDVDは全種類買ったし、出てくるテレビは全部予約して見るのが当たり前。子育て中だったから遠征はできなかったけれど、行けるコンサートには全て足を運んだ。有料会員の会員登録も欠かさずしたし、推しは推せる時に推せを実行した。
息子たちがコンサートに行ける年齢になってからは、家族全員で参戦するようになった。そのため、息子たちのコンサートデビューはKAT−TUNである。
息子たちにミニオンの帽子を被らせて参戦した時は、亀梨くんが息子たちの方を見て手を振ってくれた。気合いを入れた夫が上田くんのうちわをガンガンに振っていた際は、「上田が俺の方、見てたって!」と夫の鼻息が荒かったことを覚えている。中丸くんがコンサートの中で「カトゥネット高丸」というジャパネットの高田社長を真似たキャラクターでコンサートグッズの宣伝を始めた時は、コンサート終了後にグッズが欲しいと強請る息子のためにグッズを買いに走ったことも忘れてはいない。
家でKAT-TUNのDVDを見る時は、興奮した。
絶対に誰にも邪魔されたくないと、私はいつも、こっそり夜中にDVDを再生をした。皆が寝静まった後、新品のDVDを開封する。何も悪いことはしていないのに、どうしてか気持ちが高まった。親に隠れてAVやエロ本を見る少年は、もしかするとこんな気持ちなのかもしれない。私は息子がたちがエロ動画を検索していたのを知った時、何ひとつ動揺しなかったが、彼らの気持ちが分かっていたからかもしれないと、今更ながらにKAT-TUNに感謝の気持ちを覚える。
気持ちが高まるのは、彼らの所属レーベルの影響もあるだろう。
いつも忘れてしまうのだが、KAT−TUNが所属しているレーベル「J Storm ※現ストームレーベルズ」の再生時に流れる「J Storm」という音量は、半端なくデカい。通常の音量で再生すると、鼓膜が破れるくらいの勢いでビビらせてくる。夜中のしんっとした空気を、空気の読めないJ Stormがぶち破るのは、いつの頃からか楽しみにもなった。可能な限り音量を下げてビビらないようにしておき、J Stormを聴き終えてから音量を通常に戻すことが出来た時は、なんだか誇らしくもあった。
CDやDVDの特典映像はとにかくいつも豪華で、特典映像だけでDVDを販売してもいいんじゃないかと思っていた程だ。一度で二度美味しいだけでなく、腹いっぱいにさせてくるKAT-TUN。カッコイイもかわいいも、面白いもくだらないも、全てが山盛り詰め込んであった。世間一般のイメージがどうなのかは私には分からないけど、彼らは斜に構えることなんてなくて、どの時代もガムシャラで、王道ではないスタイルで天下を取りに行くんだという気合いに満ち溢れていた。最高に男前で、かっこよくて、着いていきたいと思わせる男達だ。解散が決まった今だって。
🎙️♪♪♪
KAT-TUNはグループのことを船に例えることが多い。コンサートツアーには海賊帆と名のついたものもあるし、脱退者が出る際は船を降りると表現していた。彼らの航海はいつも荒波で、順風満帆とはいかなかった。それでも彼らの航海を見届けたいファンは、私だけでなく、荒波を乗り越える彼らを誇りに思っていたと思う。そして、その先に見つける宝が、替え難いものだと信じて航海していたのだと感じている。舵を切っていたKAT-TUNからは、ファンをそこに連れていくんだという気概をいつも感じていた。
KAT-TUNの伝説のひとつに、デビュー前東京ドーム単独公演というものがある。デビュー前にも関わらず、東京ドームで単独公演。応募は約55万人。
解散を発表された後、ファンの中からは解散前ドームがあるんだし、解散後ドームをしてくれよ!と言う声が沢山あがった。私もそれを願うファンの一人だ。
KAT-TUNという船は、航海の目的地へたどり着けたのだろうか。私には知る由もない。しかし私は、沼の中で輝き続ける彼らのことを、生涯忘れないだろう。
いや、絶対に忘れたくない。
