23_意気投合する唐揚げ
まさか、稲田くんに告白されるなんて。
一夜明けた後も、なぜか気持ちが昂っていた。「稲田くんの気持ちは嬉しいけれど──」と伏し目がちな私に、稲田くんはカラッと笑って言った。
「いいんです。すぐに好きになってもらえるとは思ってないし。自分の気持ちを伝えたかっただけなんで」
梅雨明けの青空みたいに、稲田くんの笑顔は爽やかで、そして眩しかった。
仕込みをしながら、気づくと稲田くんの告白を反芻している自分がいた。
嬉しいというより、嫉妬かもしれない。眩しすぎて目を背けたくなるような。急に雲がひらけて、自分の足元に影があることを気付かされた気分だった。
開店時刻になると、わっと人が入ってきた。
山本夫妻に小林工務店の小林さん。いつもは夜にしか来ない綿貫さんまでいる。
「みんな一緒にどうしたの?」
私は、目を見開いた。
「お稲荷さんの移転、決まったよ」
みんな朗らかな笑顔で、私を見つめている。
「そうなの?本当に?」
「とんとん拍子で決まってね、早く香菜ちゃんに伝えたくって」
山本のおばさんの表情が、パッと明るくなる。
「どうぞどうぞ。立ってないで座って」
私はみんなを席に座るよう促した。お茶を入れて、テーブルに置く。
「香菜ちゃん、今日のメニューは?」
「食べてってくれるの? 報告だけじゃなくて?」
私がポカンと口を開けていると、「みずたま亭に来たのに、ご飯を食べないなんてありえないでしょ」と、みんなが顔を見合わせて笑った。ありがたくて、鼻の奥がツンとする。
山本のおじさんにはけんちんうどん、おばさんは鶏の照り焼き、小林さんは唐揚げ定食、綿貫さんには銀だらの西京焼きを運ぶ。
定食がテーブルに置かれた瞬間の嬉しそうな顔を見ると、私まで嬉しくなる。
「とんとん拍子って、もしかして小林さんが建ててくれるの?」
私が尋ねると小林さんは、大きく頭を上下した。
「そうそう。やまもっちゃんから連絡もらってね、二つ返事でオッケーしたよ。俺も、昔っからお稲荷さんのことは気になってたから」
「そうなの?」
小林さんは、再び頷く。
「穂結町に昔っから住んでる人は、気になってたんじゃないかな。なぁ、兵ちゃん」
綿貫さんは、深くうなづいた。
「そうそう。神社とか祠とかは放置するといいことないからね。ちゃんと綺麗にしとかないと、とは俺も思ってたんだよ。これで一安心だな」
綿貫さんは、こっそり私に目配せした。
多分、小林さんは、綿貫さんが化け狸だとは知らないんだろう。
「あそこにあった、狐の石像はどうなるの?」
お稲荷さんが移転するのはいいけれど、ちゃんと琥珀や月白の石像まで移転してもらえるのかが、私は不安になった。
小林さんは、味噌汁をずずっと啜る。
「大丈夫。あれは、うちの知り合いの石材屋に頼んだら、なんとか直せそうってことだったよ。香菜ちゃん、安心して」
私は胸を撫で下ろした。深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。私の思いつきで、皆さんにご迷惑おかけして……。費用なんですけど……」
いくらぐらいかかるものか、私には全く想像ができなかった。
山本のおじさんが、優しく微笑んだ。
「香菜ちゃんが負担する必要はないんだよ。安心して。みんな気にしていたことなんだ。香菜ちゃんはきっかけをくれただけ。費用は補助金の申請もするし、こばやっちゃんも格安で請け負ってくれるっていうから、安心してよ。うちの敷地内に建てるから、土地代もいらないし」
「でも……」
私はくぐもった声で、返事をする。
「そのことなんだけど、私、思いついたのよ」
「何を?」
みんな初耳だとばかりに、山本のおばさんに注目した。おばさんは胸を張った。
「今からだったら、出来上がるのは大体お盆前くらいになるじゃない? それで、お稲荷さん移設記念に、うちで夏祭りをできたらいいなって。昔は夏祭りをやってたけど、最近は出来てなかったから。これをきっかけに復活するの。その時に、協力いただける地元の商店の売り上げを一部負担してもらったり、募金をすればいいかなって」
みんなの表情がパッと明るくなる。
「すっごくいい! おばさん、ナイスアイデア!」
「でしょ〜」
「やるなぁ、母さん」
思わずみんなで拍手喝采した。
その時、客が入ってきた。
「あ、稲田くん」
昨日の今日で、なんだか気恥ずかしい。
稲田くんは特に気に留めない様子で、「こんにちは」と頭を下げた。今日はTシャツにスウェット姿だ。
小林さんが稲田くんに食ってかかる。
「お前、みずたま亭に買収の話を持ってきたのか?」
みんなが慌てて小林さんを静止する前に、稲田くんがいきなり頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
突然の謝罪に、みんな呆気に取られる。
「稲田くん……?」
稲田くんは顔を上げた。
「この町のことを何も知りもしないのに、仕事とはいえ、いきなり買収話を強引に押し付けてすみませんでした。不躾だったと思います」
私は小林さんに頭を下げる。
「稲田くんは、ちょっと事情があってあんなことをしてたけど、今はもう仕事を辞めたんだって。反省してるみたいだし、許してあげてください」
「そうなのよ、小林さん。稲田くんは今はそんなことしないから安心して」
「今はしないって、どういうことなんだい?」
小林さんはしかめ面で、稲田くんを睨みつけている。稲田くんは特に怯む様子はない。
「会社を辞めたんで、営業しないってことです。もう取り憑かれることも無くなったんで、変なこともしませんし」
「取り憑かれる?」
小林さんの顔が、さらに険しくなる。
「その話はまあ置いておいて。それより稲田くん、何、食べる?」
「やっぱり唐揚げで」
「昨日も食べてたのに?」
「香菜さんの唐揚げは、毎日食べても美味いですから」
「わかるっ!」
小林さんが、大きな声で割って入ってきた。
「そうなんだよ。香菜ちゃんの唐揚げ、毎日食べてもうまいのよ。鈴菜ちゃんのとは、ちょっと違ってね。ガリっとしてて、食べてて楽しいって言うか」
稲田くんが強く頷いた。
「そうそう! 美味しいし、楽しいんです!」
突然褒められて、頬が熱くなる。
「お前、話のわかるやつだな」
「ありがとうございます」
稲田くんは頭を下げた。
「あ!」と私は思い出して、稲田くんに声をかける。
「そうそう。展望台のお稲荷さんの件なんだけど、愛宕神社の中に、末社として移設できることになったの。今日はみんな、その報告に来てくれて」
大きく目を見開いた稲田くんは、嬉しそうに目を細めた。
「良かったです。きっと琥珀も喜ぶと思います。僕、暇なんで、何かお手伝いできることありますか? 実は大学では、建築を専攻してたんです」
私が首を傾げていると、小林さんが稲田くんの横に歩いてきて、肩を組んだ。
「よし、稲田。俺んとこで、働いてみろ。末社の建設、手伝わせてやる」
突然の申し出に稲田くんは驚いた。
「本当ですか! ありがとうございます!」
あれよあれよと、稲田くんの再就職や末社の移設計画が決まった。閉店後、わたしは力が抜けたようにバタンと母屋の畳の上に転がった。勢いって大事だなと改めて思う。私は、腹筋に力を込めて起き上がった。携帯電話を手に取る。
メッセージの画面を開く。相手は達也。
── 仕事、大変そうだね。おつかれさま。あれから色々あって、展望台のお稲荷さんに、お供えはしなくて良くなりました。今度、お稲荷さんを愛宕神社の中に移設することになったんだ。色々ありすぎて、どこから説明したらいいのかがわかんないけど、とりあえず色々片付いたから、安心してください。仕事、頑張ってね。落ち着いたら、ご飯食べにきてね。聞きたいことも伝えたいことも、いっぱいあるから。
今の私には、精一杯の内容。
風間さんのことを聞くのも、自分の想いを伝えるのも、ちゃんと達也の顔を見ながらがいい。
しばらくして、着信音が鳴る。達也だ。
── おつかれ。今、引き継ぎとかでバタバタしてて、めちゃくちゃ忙しい。お稲荷さんの件、解決したなら良かった。一安心だな。俺も、香菜に伝えたいことがある。じゃ、また連絡する。
伝えたいこと?
私は震える指先で、携帯電話の画面を閉じた。
次回予告 24_風吹くぼた餅
お稲荷さんの移転も、夏祭りの復活も楽しみ!
それでも気持ちが晴れないのは、達也との距離が遠くなった気がすること。
はぁ。ため息が出るなぁ。
