見出し画像

上京のとき、友達ができるか怯えていた私へ

当時大学のために地方からひとりで東京に出てきた私の一番の心配事は、「友達ができるかどうか」だった。

もともと、私は友達作りが得意じゃなかった。

クラス替えのたびに、知らないところでグループができてしまうのが怖くて、とにかくどこかのグループに入れてもらおうと必死だった。
それでどこかに入れても、実は馴染めていないんじゃないかと勝手に不安になって、毎日家に帰って泣くような子供だった。

見知った校内のクラス替えですらそうなのに、東京という知らないところではもっと怖いに決まっている。

初めての一人暮らしや、よくわからない大学単位システムのことは不思議と何とかなると思っていたのに、友達がいなくて一人みじめになることだけは怖かった。

***

私の怯えを置いてけぼりにして、東京に出てから入学までの日は、飛ぶように過ぎて行った。
飛行機に一人で乗るのすら初めてだった私には、日々が新鮮なこと尽くしで、あまり深く考えている暇がなかったのかもしれない。

そのまま消えてほしかった怯えは、入学の前日、思い出したように戻ってきた。「入学予定の人たちのライングループ」なるものがすでにできていることを知ったのだ。

――なんで入学前にライングループを作ることが可能なの??どこで知り合うの??怖い。

現地に友達がひとりもいない私がそのラインの存在をどうして知ったのかは正直覚えていないし、夢だったのかもしれない。新居が学生用の集合住宅だったので、噂を聞いたのか、もしくはあまりの恐怖に被害妄想でもしたのかもしれなかった。

とにかくそのことで私のハブられ不安は大きくなって、「すでに自分は出遅れている、何が何でも入学初日に友達を作らないと終わる!!」と、焦りとともに思ったのだった。

***

かくして、入学当日、私は異様なハイテンションで、近くに座っていた人にはしから話しかけた。普段の自分がなんとやら、と思うような外向きの笑顔で。

その場ではたぶんうまく行った気もする。だけど、私という人間はやっぱりだめだった。

最悪なことに、数日後にその中の一人と再会したとき、私は相手を覚えていなかった。

私は人の顔と名前を覚えるのが苦手だった。今思えば、頭が不安でいっぱいなせいで、本当には人のことを見ていなかったのだと思う。だから自分から話しかけておきながら、相手のこともよく覚えていなかった。

それに、自分が話しかけた時のテンションも普段の自分とはかけ離れたものだったから、そうでないときに突然話しかけられると、どうふるまっていいかわからなかった。

今思っても、相手に本当に失礼なことをしたと思う。
そうして結局、そのときの私はただ空回りしただけで、そこではやっぱり友達はできなかった……自分を責めた通り、きっとそうなってしまうに違いなかったのだけれど。

***

それから3年たったころ、入学のとき隣に座っていた人と、偶然再会した。今度は不思議と顔と名前を覚えていた。広い校内で、なんで再会したのかは覚えていない。でも、二人でカフェに行って、話が弾んで、改めてラインを交換した。

私は嬉しかった。純粋に、自分のことを覚えてくれていると思わなかったから。そのときには少し大人になっていた私は、昔よりは空回りすることもなくて、この後関係がもし続かなくても、一緒に楽しく話せただけでとても満足して、ありがたいと思っていた。

けれども、それがきっかけで、結局彼女とは、社会人になって7年経った今も、ずっと連絡を取り合う仲になった。
お互い違う地域に住んで物理的に距離が遠くなっても、互いに起きた小さなことを報告し合って楽しく話す。大人になっても続く、かけがえのない友達だ。

あんなに空回りしたと思ったけれど、それがなければ繋がらなかった縁だった。

***

大人になってしばらくした今でも、相手に嫌われるのが怖くて等身大以上の自分をみせようとしてしまうことはよくある。集まりのあとに一人で自己反省会を開いてしまうことも。

だけど、もし今の自分が過去の自分に会えるなら、少しは安心して言えるようになったと思う。

「今は未来のことは見えないと思うけど、その空回りも案外あとからうまくいくかもしれないよ」と。

当時の私はそれを言っても、やっぱり不安に思ったり、自分のダメさを責めたりするだろうけど、今やなんだかそこもまた、温かく見守っていたいと思うのだ。

―――
#上京のはなし 受賞させていただきました!



いいなと思ったら応援しよう!

向井さり いただいたチップは記事を書くときの飲み物代にさせていただきますm(__)m