見出し画像

幽霊、2025年11月の仕事。

2025年11月の仕事はZAITENの連載コラム。

ZAITEN『時代観察者の逆張り思考』

2025年12月号は「公明党は新しき「国民の敵」となるのか?」

「ZAITEN」12月号

第98回。タイトルの通り、公明党の連立政権離脱の話。
前号(第97回)で、高市早苗総裁の可能性に牽制球を投げていた公明党だが、総裁選で高市が勝ったらどうするつもりなんだか……という話を書いたら、本当にその通りになってしまった。

こういう展開は(トランプ勝利を当てた木村太郎のように)呑気に笑っていいのかどうか判断に困る。
立花孝志の逮捕で鉄砲玉に使うことはできなくなったとはいえ、国民は右も左も「叩いても良心が咎めないサンドバッグ」を探していて、彼ら彼女らはその条件にもっとも合致しているからね。

ちなみにオチを読んだ方は知っていると思うが、我が家のバーサーカーがようやく消えてくれたので、恐怖新聞の購読を停止した。
読んでいたほうがコラムのネタには困らないのだが、それを差し引いても読むところが少なすぎる上に、何故か筆者が購読料を払わされていたので馬鹿馬鹿しくなったのだ。

なのに、数日後、系列の新聞の無料配達(押し紙)を頼まれた。
上層部からの下達らしいが、党勢が危うくなっているから党員数を水増ししたいのだろう。
どういう経緯だったかは忘れたが、40年くらい前にも一度、購読を要請されたことがあって、そのおかげで小林信彦『世間知らず』の連載をリアルタイムで読んでいた。
後に吉田秋生のカバーイラストに合わせるため、『背中合わせのハート・ブレイク』なんて片岡義男風の変な改題をして顰蹙を買った小説だ。
『極東セレナーデ』ドラマ化時の裕木奈江の写真カバーもひどかったけど、峰岸達のイラストレーションじゃないと、80年代小林信彦作品の質感は表現できないんだよ。

小林信彦「世間知らず」

それはそれとして、当時の掲載紙の性格と時流に合わせて「核戦争の恐怖」をテーマにしていたとはいえ、なんで連載しているのかは謎だったし、連載が終わってすぐ購読を止めたのだが、まあ、それ以来だ。

かくして、コラムのネタにはまた困らなくなった。
わざわざ書きたいかどうかは別として。

「ZAITEN」12月号目次

附記徒然。

珍しく、知人の仕事に駆り出されていて忙しい。
表に出る類の案件ではないが。
その仕事中に「ZAITEN以外の活動の件だが」「過去のアーカイヴから何かを見い出すのは止めたほうが良いのではないか」「何故ならZAITENの連載コラムはもう過去と切断しているではないか」という話になった。

私は「やれることはもう、過去を語り直すくらいだけだ」と思っているので、そう言われると途方もない気分になるのだが。
逆に言うと、現在を語るとZAITEN連載コラム程度にしかならない……月1400字程度で収まってしまうので困っているのだが。

仕事で関わっていた流行から何かを見い出すという態度が批評家時代の仕事だったが、流行は流行に過ぎず、批評は廃れたものを絶対化/偶像化するために悪用されるだけだった。
その浅ましさを嫌悪したので、廃れたものを悼む態度を考えていたのだが、これは上手く行かなかった。
大衆の精神は、信仰する流行が廃れた現実には耐えられないのだ。

かれこれ15年以上、そんなことを考えてきた。
現代ビジネスの連載が最後に悼む態度で書いた原稿だったが、どうにも上手く嵌まらない違和感は拭えなかった。

そもそも、『時代観察者の逆張り思考』というタイトルからしておかしいのだ。
このZAITEN連載コラムの「逆張り」というフレーズは担当氏が付けたもので、私は逆張りで書いているつもりはまったくない。
時代観察者として時代を観る目が根本的にズレているから、月1400字のコラムは成立しているのだが、それ以外の書き物をノンフィクション的な語りで書くのは、もう難しいのではないか、と思い至った。

まあ、連載100回を前にして、そんなことを考えている。

次号の原稿もそろそろ書かなければならないのだが、コラム的には、現時点の高市政権の行動はだいたい予測範囲内に収まっていてイマイチ面白みがないので、別のネタになると思う。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集