幽霊、2025年1月の仕事。
日付はまだ大晦日だが、眠いので先にアップしておく。
明けましておめでとうございます。
2025年1月の仕事は『ZAITEN』の連載コラム。
ZAITEN『時代観察者の逆張り思考』
2025年2月号は「中山美穂、アイドルの人生と昭和平成史」。

2024年は訃報が多かったのだが、担当氏(編集長)とのやりとりで、何故か中山美穂の話に。
アイドルに関しては、子供の頃から批評家みたいな視点で見ていて、普通のアイドルファンの「推し活」的なスタンスとは無縁の人生を送っているが、そのくらい距離があるほうが墓碑銘を書くにはちょうど良いのかも知れない。
「なんでそんな冷淡な視点でアイドルを見ていたのだ?」と奇妙に思うのだろうが、これは両親が若い頃、水商売に手を出したこともある遊び人だったから、テレビを観るたびに芸能界の内幕話をさんざん聞かされていたのだ。
幼少期は横浜の港湾にいたのだが、ナイトアンドデイ、クリフサイド、ブルースカイ、シェルルームといった地元のナイトクラブの話もよく聞かされていた。
石原裕次郎や青江三奈は筆者の子供の頃もスターだったが、本郷功次郎や和田浩治は微妙なところで、水原弘は亡くなっていた。
どっちにしても、子供に聞かせる話ではない。
さすがに行ったことはなかったが、休日、本牧の雀荘へ行く父親に付いて行くと、藤木幸夫、鶴岡博、江夏豊という物騒な面子と卓を囲んでいたことはあった。
なんでそんな面子だったのか、と後に訊いたら、柴田勲の兄が雀荘のオーナーだったからだ、という答えが返ってきた。そういうことではない。
その程度には昭和の奇妙な家だったし、実際、海外へ引っ越して羽振りが良かった頃は、芸能人のタニマチみたいなこともしていた。
家に「昔の有名歌手」が出入りして普通に夕飯を食べていたこともある。
最後はお決まりの金銭トラブルになっていたのだが。
そして、その歌手がテレビに出演するたび、ブチ切れた母親がテレビ局へ電話して現在のヤサを訊こうとするので、実に面倒くさい。
当時の夫と離婚して医者と再婚したことも知っているが、何も言わないことにしている。
なので、芸能ネタ自体は好きで、むしろマニアではあるのだが、普通のアイドルファンのようなピュアな感覚を持つはずもなく。
特にアイドル声優やグループアイドルのファンはさっぱり理解できない。
ましてや、ジャンル内の規範に過ぎないものを内面化して排他的に動いている後輩たちを見かけると、乾いた気持ちになる。
いや、先輩たちや同輩でも心は乾くのだが、そっちはもうアクティブに動く歳でもないから諦めはつく。
たとえば、アイドルが自分自身の虚構性に言及するような表現行為に対し、「虚構の楽園」を自壊させかねない禁忌を犯したのだと糾弾し、その表現とアイドルを貶めることによって虚構を守ろうとする原理主義的な振る舞いは、昔、ラブコメ原理主義者の有名原画家が激怒して、ラブコメの「虚構の楽園」を自壊させかねないゲームを作ったシナリオライターを会社から追放した案件を思い出す。
これに限らず、「虚構の楽園」を自壊させかねない表現を禁忌として、熾烈な糾弾を行うケースはさんざん見てきた。
個人的な源流を辿ると、高校時代、とある漫画家のファンクラブにいたのだが、ある日の例会を境に、大学生の先輩たちが連載中のラブコメ作品に誰も言及しなくなったことがある。
いったい何が起きたのかさっぱり分からなかったが、ヒロインが非処女だと判明したから、と知って、ひどく呆れた。
筆者が批評を書くようになったのは、この事件の印象が強烈だったのと、90年代以降、似たようなケースを頻繁に見るようになったからだ。
歴史は何度でも繰り返すし、歴史から学ぶこともない。

附記徒然。
この「虚構の楽園」話は、いつかまた言語化しないとな、と思っていたのだが、いまは経済活動として「推し活」が推奨される時代だ。
需要はないし、表立って書く機会もないだろうな、とも思っている。
歴史は常に勝者が捻じ曲げていくものだから、言葉は蟷螂の斧でしかなく、賢しらな貴族たちに黙殺されるだけだ。
本気で世界を変えたいと思うのなら、物理的暴力で貴族たちの屍を築くしかない。
そんな無常観を抱えながら、この15年を過ごしてきた。
そういえば、15年ぶりに名刺を作った。
批評家だった頃には持ち歩いていたが、いまはそもそも他人と会う生活ではない。
だから、作っても渡す機会は稀なのだが、コラムニストで現場復帰して10年経ったことで、少しは前向きになったのだろう、とは思っている。
