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幽霊、2025年5月の仕事。

2025年5月の仕事はZAITENの連載コラム。

ZAITEN『時代観察者の逆張り思考』

2025年6月号は「夢工場で終わっていた大阪万博の夢」

「ZAITEN」6月号

新しい大阪万博への感想は良かれ悪しかれ、既視感のあるものにしかならないので、過去の万博と比較して補助線にしようと思ったら、つくば科学万博のパチモン『夢工場'87』が出てきて、嫌な文脈が発生した、という話。

「ZAITEN」6月号目次

附記徒然。

批評家時代にしばしば煮詰まっていたのは、本質的に同業者への敵意が欠如していて、攻撃性が内側へ向かっていたからだ。
「何を言っているのだお前は」と言われるのだろうが、抱く敵意にどうにも粘着力がないというか、ひとつふたつ文句を言ってしまえば、すぐに忘れてしまうのだ。
夏目漱石の『坊っちゃん』のような、沸点が低いくせにすぐ冷める直情径行型というか、連載が長続きしなかったのはそういう忘れっぽい性格だったこともある。

些細なことでも恨みつらみが持続する者でないと、批評家という商売を続けていくことは難しいのだ。
たとえば、いま、20年以上前の批評文を読み返しても、大半は「この問題意識はもうどうでもいいな」という心境にしかならないのだが、優れた批評家は発表当時に受けた批判を一言一句すべて覚えていて、復讐の炎を燃やすことができる。

なので、「ZAITEN」のコラムは意識的に仮想敵を作ることで、長く続けていこうと考えた。
幸い、日本経済新聞に載る雑誌広告に、私の名前が書かれることは稀だ。連載90回を超えているが、2~3回あったろうか。
しかし、何を喰わせても同じ結論しか出てこない退屈なタレントコラムの名前は載っていて、それを見た老父が「お前は載っていないのか?」と煽ってくる。
対外的には極めて無名でキャラクター性も皆無だから、営業判断でカットするのは当然だが、煽られれば腹は立つ。

そういうことを考えながら毎月書いていくと、いつの間にか敵は消え、別の誰かに入れ替わっている。
普通に考えれば、キャラクターで売れるコラムニストなら、別のメジャーな媒体に書いたりラジオや動画チャンネルで喋るほうが儲かる、という話なのだが、私は高望みという概念も欠落しているようで、それで満足している。

なんとも矮小で、コラムに書けば没になるような話だが、仕事を続けていくモチベーションは自分で作るしかないし、それもなくなったら、いよいよこの稼業は終わるだろう。
キャラクター売りをしない純粋な物書きは、もう存在できない時代になったことも分かっているが、私はキャラクターのほうが退屈で面白くないから、その売り方には向いていない。

とはいえ、書く意欲自体が完全に消えるわけではない。
降りかかる火の粉から身を守るための暴力装置としても、私の思考を明示できる場所を残しておく必要もある。
このnoteをそういう場所として使うのだろうが、別の手段も考える頃合いだ。
同人活動は同人で作りたい本がないのでやらないが、寄稿することくらいはできるだろう。
ならば、何を書くか。

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