幽霊、2025年8月の仕事。
2025年8月の仕事は『ZAITEN』の連載コラム。
ZAITEN『時代観察者の逆張り思考』
2025年9月号は「邪悪な企業買収の踏み台にされる出版業界」。

第95回。先月、「出版業界ネタへの関心がなくなっていて困る」と書いたが、その出版業界の貧乏臭くて楽しくもない話を敢えて書いてみた。
マクラは秀和システムと船井電機の件だが、オチは19年前に潰れた出版社の話。
弁護士さんからは「あなたの相方の裏切りがなければ、くだらんスラップなど完勝していましたね」と言われたので、このくらいは書いても良かろう。
実は参議院選挙の話にするかどうか迷ったのだが、公明党の大敗は7月初旬の打ち合わせの時点で確定していたし、参政党の話は巷で語られ尽くすだろうから、あまり面白くないな、と思って今回は見送った。
まあ、選挙当日にちょうど面倒な私事が起きて、現在に至るまでバタバタしているので、先に書いてしまって正解だったのだが。
公明党と共産党と社民党は信者の高齢化で衰退していく、という話は、これまでのコラムでも何度か書いたが、まさに我が家がその典型例だったという絶妙なオチだったから、来月のコラムで書くかも知れない。
ところで、表紙イラスト、やらかした当事者(国分や山口)でなく、リーダーと松岡なのは、微妙なとばっちり感がある。
あと、女装するおじさんのテレビドラマ、というジャンルは、青島幸男の『いじわるばあさん』以前にも柳家金語楼の『おトラさん』がある。
初出は1956年のラジオ東京テレビ(後のTBS)だが、これ以前にあるのかな。テレビではなさそうだが。
そして、松岡の『家政夫のミタゾノ』は『家政婦は見た!』のパロディでありながら、『おトラさん』の系譜でもあるあたり、企画者は相当、テレビ史にマニアックな人物だったんだろうな。

附記徒然。
今年は諸事情でコラムの連載だけだったが、ダウンサイジングという意図もあった。
何か書き残していたような気がしたから、戻ってきたのだが、10年続けてみたらそんなものは特になかった。
90年代前半から学生バイトで原稿を書いていて、その頃は前述の相方との共同名義だったが、単独名義の「更科修一郎」でも書くようになったのは1996年だ。
半分は「友人たちの活動を批評という形で援護射撃する」という目的があり、単独名義の必要が生じたのだが、あと半分は書いているうちに共同名義に収まらないアクが出てきたから、単独名義で分けた。
もっとも、そのアクが文体や切り口の手癖、技術として定着すると、何を書くかという部分のこだわりは徐々に抜けていった。
2009年、抜け切ったと思ったから辞めたのだが。
単独名義で13年書いて、6年休んで、復帰して10年。
時事を語る「時代観察者」のコラムは技術なので、まだ続くが、かつて援護射撃すべきだと思っていたものは「青春の産物」だったようで、もう見つからないだろう。
というか、それが見つかってしまうのは、あまりよろしいことではない。
復帰したのは「不惑」の頃だったが、見つかってしまうことは惑うことで、惑う醜態を晒すことが批評だと思っていたから、肩書は〈元〉批評家にした。
見つかったらまた批評家へ戻るのだろうな、と思っていたが、その手の書物を読んでも何も頭に入らなくなった。
10年経っても見つからないから、ダウンサイジングするしかなくなった。
更科修一郎は「時代観察者」へ特化していくことになるのだろうが、実際のところ、過去の因縁と絡めて現在を語る手法(今回がまさにそうだ)も、それほどの怒りはなくなっている。
コラムを書くときだけ怒りを思い出すことにしているが、日常生活は限りなく平静に近づいている。
敵も味方も友人も親も、次々と亡くなっているからだ。
とにかく訃報ばかりの夏だ。
そして、私はそのうちのひとつ、面倒な私事で今日もバタバタしている。
