『無職転生』を見て感じたのは、救済感と9歳感だった
※アニメ第1期までの感想です。
『無職転生』を見終わりました。
異世界転生作品はもともと好きです。
『転生したらスライムだった件』は理想的な成功譚として面白いですし、『この素晴らしい世界に祝福を!』は徹底しておバカで楽しい。『Re:ゼロから始める異世界生活』は苦しくなるほど重たい。あとレム可愛い。
どれも好きです。
ただ、『無職転生』には少し違う魅力がありました。
見終わったあと、頭に浮かんだ言葉があります。
「救済感と9歳感」
ダジャレ!∑(゚Д゚)
我ながら意味不明な感想ですが、不思議とこの作品を一番よく表している気がしています。
終始まとわりつく9歳感
ルーデウスは前世の記憶を持っています。
知識もあります。
大人の理屈も知っています。
ですが、見ていて感じるのは「中身は大人」ではありませんでした。
むしろ終始感じる9歳感。
頭脳はニート、体は幼児。
どこか某探偵アニメの主人公を思わせますが、こちらは煩悩を隠す気がありません。バーローです。笑
正直、
「おいおい、大丈夫かこいつ」
と思う場面も少なくありません。
それでも不思議と嫌いになれませんでした。
むしろ応援したくなる。
なぜだろうと考えていて気づいたのです。
ルーデウスには知識はあります。
しかし、人間としての経験が足りません。
友情。
恋愛。
家族との関係。
他者との衝突。
そして和解。
前世の彼は、それらを十分に経験することができませんでした。
だから知識はあっても精神は成熟していない。
知識と精神年齢は別物。
ルーデウスを見ていると、その当たり前のことを思い出させられます。
人は環境に育てられる
私はこの作品を見ながら、ずっと考えていたことがあります。
人は環境に育てられるのではないか。
シルフィとの出会い。
ロキシーとの出会い。
エリスとの出会い。
ルイジェルドとの旅。
そしてパウロという父親。
ルーデウスを変えたのは、魔法の才能だけではありません。
周囲にいた人たちでした。
特に子どもは、自分の環境を選べません。
親も選べない。
友人も選べない。
学校も選べない。
だからこそ、どんな人と出会うかは人生を大きく左右します。
前世のルーデウスには、人とのつながりがありませんでした。
閉ざされた部屋。
閉ざされた人生。
しかし今世には、人がいた。
シルフィは、ルーデウスの優しさを受け止めてくれた存在だったように思います。
シルフィを助けた場面を見て感じたのは、生まれ変わっても人の本質はそう簡単には変わらないということでした。
ルーデウスの中には元々優しさがあった。
ただ、それを発揮できる環境が前世にはなかっただけなのかもしれません。
レッテルからの解放
ただ、環境だけでは説明できないこともあります。
ルーデウスが転生によって得たものは何だったのでしょうか。
私は、何かを得たというより、失ったことの方が大きかったように思います。
前世の彼は、多くのレッテルを背負っていました。
引きこもり。
失敗した人間。
いじめられた人間。
もちろん、それらは事実です。
ですが同時に、そのレッテルは彼を守ってもいました。
挑戦しなくていい。
失敗しなくていい。
傷つかなくていい。
だから成長もしなくていい。
転生によってルーデウスは、それらのレッテルを失いました。
誰も前世を知らない。
誰も決めつけない。
だから、自分の好奇心に素直に従うことができた。
魔術を学びたい。
外へ出たい。
人と関わりたい。
そんな当たり前の欲求。
私は、ここに無職転生の大きな救済を感じました。
ルイジェルドという鏡
旅の中で特に印象的だったのが、ルイジェルドの存在です。
彼は理想の大人でした。
強い。
誠実。
責任感がある。
そして不器用。
ですが、ルイジェルドの役割はそれだけではないように思います。
ルーデウスは、ルイジェルドの痛みに異常なほど敏感です。
スペルド族というだけで恐れられること。
人格より先にレッテルで判断されること。
その苦しみに、強く共感しているように見えました。
なぜなのだろう。
前世のルーデウスが重なりました。
引きこもり。
失敗した人間。
人格よりも先に貼られたレッテル。
ルーデウスはルイジェルドの汚名を返上したかった。
ですが、それは同時に、自分自身の汚名を返上したかったのではないでしょうか。
本当は良い人なんだ。
本当は駄目な人間じゃないんだ。
ルイジェルドを救おうとする行為は、どこか前世の自分を救おうとする行為にも見えました。
人間になる物語
私が最も成長を感じたのは、パウロとの衝突でした。
正直に言うと、最初はパウロに共感できませんでした。
ルーデウスは頑張っていました。
命がけで旅をしていました。
なのに、なぜ怒られるのか。
よく分かりませんでした。
ですが和解の場面を見て思ったのです。
ルーデウスは初めて、自分以外の立場で物事を考えたのではないか、と。
思い返せば、エリスとの関係もそうでした。
舞踏会の後のルーデウスは、相手の気持ちを十分に考えられていませんでした。
見ていて、
「おい何やってるんだルーデウス」
と思ったものです。
ですが旅を経て、失敗を経て、彼は少しずつ変わっていきます。
相手にも人生があること。
相手にも痛みがあること。
当たり前のようで難しいこと。
傷を負うこと。
相手を傷つけること。
そして共感すること。
私は、人間になるというのはそういうことなのだと思っています。
だからこそ、ルーデウスの成長が嬉しかった。
救済感
そして最終話。
私はようやく、ルーデウスが救われたのだと思いました。
転生した時ではありません。
魔法を覚えた時でもありません。
仲間ができた時でもありません。
前世の自分を少しだけ許せた時です。
ルーデウスはずっと前世を引きずっていました。
少し失敗すると顔を出す自己否定。
どうせ自分は駄目な人間だという呪縛。
それは異世界に転生しただけでは消えませんでした。
だからこそ、あのラストが胸に響いたのです。
あれは異世界で成功した瞬間ではありません。
前世の自分と和解した瞬間。
救済。
私たちは転生できない
私たちは転生できません。
人生を0歳からやり直すこともできません。
ですが、この作品を見ていて思いました。
もしかしたら、自分を縛っているものは能力ではなくレッテルなのかもしれない。
そして環境とは、お金や家柄だけではありません。
どんな人が周りにいるのか。
どんな人と出会うのか。
どんなレッテルを貼られているのか。
どんなレッテルを自分自身に貼っているのか。
そうしたものが人生を大きく左右しているのかもしれません。
『無職転生』は、人生をやり直す物語ではありませんでした。
人と出会い、人とぶつかり、人を理解していく物語。
人間になる物語。
そして、環境が変われば人は変われると教えてくれる物語。
少なくとも私には、そう見えました。
救済感と9歳感。
ふざけたダジャレから始まった感想ですが、見終わった今でも、この言葉が一番しっくり来ています。
さらさら
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この記事を書きながら思ったのは、私が好きなのは異世界転生そのものではなく、「人間が変わっていく物語」なのかもしれない、ということです。
『無職転生』は、最強になる物語でも、人生をやり直す物語でもありませんでした。
人と出会い、人とぶつかり、人を理解しながら、人間になっていく物語。
そして、環境が変われば人は変われるかもしれないと教えてくれる物語でした。
もしまだ未視聴の方がいれば、ぜひ一度触れてみてください。
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また、アニメを見終わって「もっとルーデウスの内面を知りたい」と思った方には、原作小説もおすすめです。
アニメでは描ききれない心情描写や葛藤が丁寧に描かれており、この記事で書いたようなテーマも、より深く味わえると思います。
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