さくらももこのエッセイから子育てのヒントをもらった話
私は、さくらももこのエッセイを超えるエッセイ作品に、まだ出会ったことがない。
『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』——なぜこんなに面白いのだろう?。何度読んでも笑ってしまう。
『もものかんづめ』が発行されたのは1991年。今から34年前、さくらももこが26歳の時だ。すごすぎん?
34年前とは思えないくらい、笑える。この面白さは普遍的なものなのではないかという気さえしてくる。
さくらももこのエッセイの魅力は語り尽くせないが、特に面白いのは彼女の脱力感と毒とユーモアが絶妙に混ざり合った世界観。秀逸なオチ。
これに匹敵するものには、なかなか出会えない。
水虫の治療やスズムシ算、怪しい睡眠学習枕を買った話も、声を出して笑ってしまうほど面白い。
どうしてこんなに面白い漫画やエッセイが書けたのか。
『たいのおかしら』に収録されている「怠け者の日々」というエッセイに、印象的なエピソードがあった。
生まれた時から十七年間、親の手伝いなどした事がなかった。小学校を卒業するまでの十余年間、外で遊び狂い家に帰る頃には泥人形のようになっていた。家に帰れば御飯を食べて眠るだけである。
家に帰っては彼女(友人)から借りた本や、自分で買った漫画本を読むか、恋愛ゲーム番組を観ているだけの毎日であった。
そんなある年の夏休み、母の怒りは遂に爆発した。
私は朝から晩まで怠けており、台所の床の冷えた感触を楽しむ事だけを追求していた。一日中台所をトカゲの様に這って場所を移動し、新鮮な冷たさを求めてさまよい続けた。毎日そのような事をしていたために、飼っていたセキセイインコにエサをやり忘れ死なせてしまった。クサガメも死んだ。カメの死体はそのままにしておいたので祖母が渋々始末していた。
母は私を呼び出し、どうかその腐った怠け心を入れかえてくれと、真顔で懇願し始めた。
母は「クゥ」という絞り出す様な声を小さく発し、鼻をすすりながら「こんな子供を産むんじゃなかった…あたしゃつわりもひどくて死にそうだったのに…命がけで産んだのに…情けないったらありゃしない」と言いながら泣いていた。
私は不良になったわけでもなく、家で暴力をふるうわけでもなかったのに"怠け者"というだけで親を泣かせてしまったのだ。
それから数年経ち、十八歳から私は働き者になった。
さくらももこは夢を叶えて、超売れっ子の漫画家になった。

あんなに怒っていた母も今ではすっかり優しい初老の婦人になり、「あんた少しは休んだ方がいいよ」と言いながら、ご飯をつくりに通って来てくれている。
私が十七年間怠けていたのは、その後で働くために力を蓄えていたのだ。
「力を蓄えていた」——本当に、そうだったのかもしれない。
さくらももこが、怠けた子ども時代を過ごしていなかったら、素晴らしい作品達は生まれていなかっただろう。
さくらももこのユニークな視点や観察力は、このぐうたら期間から生まれたことは間違いない。
他のエッセイや『ちびまる子ちゃん』を読んでもわかる。子ども時代のさくらももこのぐうたらっぷりは、本物だ。プロである。笑
そんなさくらももこが、自分のやりたい事をやれるようになったら、「毎日たのしい」。そして忙しい売れっ子漫画家として働き者になった。
今はただ怠けているだけに見えても、それは力を蓄えているところなのかもしれない。
いつ、どんなところで花開くかは分からない。
何がどうなるかなんて誰にも分からない。
さくらももこの母はガミガミ言っていたようだが、それもそれでちびまる子ちゃんなどの作品に生きているようにも思える。
あたたかいご飯と、帰れる場所を用意して、のびのびとさせる。叱られても屁理屈をこねて逃げるくらいの関係が、案外ちょうどいいのかもしれない。
