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[K文学] 2: 韓国フェムとウーマンリブ運動〜『彼女の名前は』を読んで〜

顔の次は名前が無い女性たちの話

チョ・ナムジュ『彼女の名前は』

前回チョ・ナムジュ先生の『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んだ感想を投稿しましたが、今回はキム・ジヨンの次の年2018年に出版された『彼女の名前は』を読みました。この本によって著者のチョ・ナムジュさんは、キム・ジヨンが上げる事ができなかった社会への不満の声を、年代の様々な28人の女性の物語を通して発信することを目指しました。著者はこの一冊への想いをこう語っていらっしゃいます。

『キム・ジヨン』によって、こんな事があるのだと社会に認識されたことはよかった。だが、あのなかでキム・ジヨンは自分で声を上げない。(中略)半歩でも前に進もうと、そのためにこの本を書いた。

「訳者あとがき」より

名前が無い女性たち


結婚したり子供ができると女性は固有名詞ではなく、「◯◯のママ」や「◯◯の奥さん」と一般化された人称代名詞を使って話される事がほとんど。アイデンティティが薄れ、社会のステータスとして呼ばれる事に疑問を持った著者は顔無しキム・ジヨンの次作として、名無しの女性たちを60人以上の女性たちへのインタビューを通して書き出しました。

2016年の不正財政と女子大生デモ


『彼女の名前は』に描かれる28の物語の中で特に私が一番印象的だった第4章の「また巡り逢えた世界」について軽くあらすじを書こうと思います。

2016年の夏にソウルの名門大学、梨花女子大学で起きた、当時の大統領朴槿恵と大学の不正財務に対する女子大生による大きなデモに参加した1人が主人公だ。同年7月、学校側の財務不正に対して抗議して大学で座り込みデモをしながら、学校側の財務不正についての調査を求めるキャンドルデモを実施した。この女子大生たちのデモがきっかけとなり全国的に朴槿恵大統領のスキャンダルが広く知られるようになり、のちに学校側が大統領の側近であった崔順実氏の娘を不正入学させたり優遇したことも発覚する。

http://www.zenshin.org/zh/f-kiji/2016/09/f27780205.html

「私は強い。私たちはつながるほど、強くなれる」(181)

正義と知のため、闘い抜いた女子大学生たちが一つ一つの小さな種火をキャンパスに持ち寄り、そして未来を照らす巨大なキャンドルに火を灯したのだった。

ノーブラ文学とブラ燃やし運動


このストーリーで主人公はデモ中に息がしづらくなるシーンがあります。友人の提案に従い、ブラのホックを外してみる主人公はそこでやっと張り詰めていた気持ちが楽になりブラを外してみて初めて「やっと息がつける」(178) ような気持ちがするのです。体の一部のようになってしまった束縛的なブラジャーから解き放たれた時の開放感ったら無いもんです。(一部知らない人もいるだろうから補足。ブラジャーの締め付け感と不快感は靴下を一度に4枚くらい履いているような感覚に似ています←試した事は無い)そんなノーブラの主人公がかっこよくてならないので勝手にノーブラ文学と呼んでいます。

ハン・ガン『菜食主義者』の主人公ヨンへにしても、キム・ジヨンにしてもブラを付けない主人公を見ると、70年代にアメリカを中心に起こったウーマン・リブ運動が思い出されます。社会の風潮や男性からみた「女性像」「女性のあるべき姿」からの開放を訴えた女性解放運動であり、具体的には、私的領域における人工中絶の決定権利、性暴力の撤廃、労働の男女間平等など、日常に潜む性差別撤廃を目指したムーブメントでした。


https://share.google/images/L7SAjjdOe4vIffBDs より引用。日本でも行われていたのですね

そんなウーマン・リブ運動の一環としてBurning Bra Movement すなわち、ブラ燃やし運動が70年代にサンフランシスコなどで行われました。"Burning Bra Festival" と呼ばれていますが、Festival と言うと、ダンスや歌に合わせて、大勢の女性達がブラを振り回しながら火に投げ入れるシーンがなんだか想像されるのです。想像しただけでも笑えます。でも実際は女性性を象徴するブラジャーを燃やしていくことで、伝統的な女性像に警鐘を鳴らしたフェミニズムにおける大きな出来事として記憶されているのです。

https://clas.wayne.edu/history/promos/11727/600-History_Bra_Burners_spotlight_image_600x600.png

村上春樹さんはananの連載エッセイ「焼かれる」で、このブラ燃やし運動に対して、ハイヒールでもマスカラでも無くブラジャーが焼かれた事に対して、切ない気持ちを表しています。「何かの象徴」であると言うことは、光栄であるとともに悲劇である、とも綴られていました。やっぱりあの開放感を知らないからだよなぁ(^^);;

そんな村上春樹さんが訳されているカポーティの『ティファニーで朝食を』の主人公Hollyもバスローブの下は何もつけていませんよね。そんな性に放埒なHollyもきっとブラを燃やす事に賛成なはず、、!

Kフェム文学の話から随分とアメリカ色が強くなってきたので今回はここまでにしようと思います。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。皆様にとって何かしらのインプットになっていれば幸いでございます。では次の投稿でお会いしましょう〜!

参考文献

  1. チョ・ナムジュ『彼女の名前は』小山内園子、すんみ共訳、筑摩書房、2020年。

  2. 村上春樹「焼かれる」『村上ラジオ』、新潮文庫、2006年。


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