問題が発生すると仕事と雇用が生まれる
ここ数カ月ほど仕事においてシステム導入に関わる重要なプロジェクトの責任を担う仕事をしている。新しいシステムを導入するにあたって、既存のシステムに格納されているデータを全て新システムに移行しなければいけないのだ。
基本的には外部のベンダーに依頼をするわけだが、社内のデータ事情は社内で精査して依頼をするため、それに伴う調査や依頼におけるやり取りを行っている。
これが非常に重要な仕事であるにも関わらず、社内でシステムに通じる人材が少ないこともあって自分ひとりに仕事が集約してきている。仕事を貰えて喜んではいるが、仕事と一緒にとんでもない量の責任と作業負荷が舞い込んできていて気が気ではなくなってしまう。
システムの細かいことをろくに把握していない人たちから雑な作業指示と責任を説いた脅しを掛けられ、それに耐えつつ作業とベンダーとのやり取りを進めているのだ。僕からすると「丸投げしておいて責任は取らせる」と言われているような気持ちになる。
先日、そのデータ移行作業の当日にベンダーからメッセージが入った。渡したデータに問題があったようで確認を仰がれたのだ。
確認をしたところ大きな問題はなかったので良かったけれど、データを渡す作業を振り返ってみると自分ひとりで行っていて、ダブルチェックをしてくれる人もいない状態の作業だったことを思い出した。自分の判断や作業ミスひとつで大問題が巻き起こる可能性が充分にあるのだ。
こうした作業を担ってヒーヒー言っていることもあり、同僚から「よくメンタルが持ちますね」と言われるようになってきた。僕よりもライトなプロジェクトを担った同僚たちが既に複数名辞めてしまったこともあり「よく耐えられるな」と思われているのである。
ただ、僕から言わせれば責任はあってないようなものだと思っている。経済学的に自分とその周りのことを捉えてみているのだ。
ここで重大な問題が発生してしまったとする。現場には混乱が生じてしまい、会社にも実際に損失が出るようなケースだ。その時に自分はどうなるのか、そして世の中はどうなるのか、それを考えてみる。
もちろん顧客情報の漏洩など、顧客向けの甚大な被害は起こしてはならないが、現場レベルでの問題が発生した場合は、その問題を解決する新たな仕事が生まれることになる。それを解決することもまたビジネスだ。
この世の中では、問題が発生するとそれを解決すべく、新しい仕事と雇用が生まれている。自分の失敗もその一端に過ぎない。
待遇は下がるかもしれないが、社内にこの仕事を担える人が他にいるわけでもないので大きな変化はなさそうであり、雇用は継続されると思う。もしかしたら揉めてしまい僕が転職するかもしれないが。
だから、責任に押し潰されそうになっても、自分の失敗もせいぜいが世の中の経済の事象のうちのひとつだと思う様にして、余計な不安は抱えずにやるべきことを粛々と遂行するだけにしている。
それで失敗したら、チャレンジしてダメだったわけだからしょうがない。そして会社の損失を社員である僕が被ることはない。それは複数の株主が負担してくれる。株式会社というのは優れた仕組みだと思う。
