海外登山報告会2025「ネパール・プンギ初登頂」
3月15日(土)に行われた「海外登山報告会」の動画をご紹介いたします。
「ネパール・プンギ初登頂/日本山岳会学生部プンギ登山隊報告」
井之上巧磨(青山学院大学山岳部)、尾高涼哉(東京大学スキー山岳部)、中沢将大(立教大学山岳部)、芦沢太陽(中央大学山岳部)、横道文哉(立教大学山岳部)
〇発言の要旨
・井之上巧磨(青山学院大学山岳部)
当日の日記;
「山頂についた。叫ぶと酸素がなくなり、頭が痛い。ただこれが叫ばずにいられるだろうか!?
私たちは今、世界で初めてこの山の山頂に立ったのだ。生きてることが嬉しくて、山頂に来れたことが嬉しくて、仲間と一緒なのが嬉しくて、4年間の夢が叶ったのが嬉しい。嬉しくて嬉しくてしょうがない。
誰に何に感謝していいのかも分からないが、とにかく高揚感や多幸感、幸福感がひしひしと体中に湧き上がり、どうしていいかも分からずまた叫んだ。すると、周りの仲間も応えるように叫ぶ。
ああ山を始めてよかった。今までの辛いこと、この遠征もそうだが4年間。未踏峰のたために捧げ努力してきた。辛いことや苦しいことが昇華され、今この時のために、あれはあったのだ。私のやってきたこと、歩んできた道は間違いじゃなかったと心の底から思った。」
・芦沢太陽(中央大学山岳部)
初めて尽くしの登山。この遠征で得たことは「人との繋がり」だと思います。
今回の登山は、大学山岳部の存在を広めるということ、我々の次の世代の後輩に海外登山のノウハウを伝えていくこと、また自分自身の次の登山につなげていくとことを実現する土台を得ることができたと思います。
・横道文哉(立教大学山岳部)
2回もこうやってヒマラヤに行けたのは、やっぱり機会にも恵まれ、いろんな方々の支えの元で成り立っていた。金銭的な面ですごい支援いただいたのは、ありがたかった。今度は自分の後輩がもしヒマラヤ登山とかすごいお金がかかるようなことをする際には、もう全力でたくさん寄付をしたいと思っております。
あとは頑張って4年で卒業することもできて、就職も、そしてプンギも登れた。
このことは、「休学しないとできないからやらない」っていうのを、若者の選択肢から消せたのではないかなと思ってる。いろんな人が挑戦できるような環境に、今後いろんな面で支えられたらと思います。
・中沢将大(立教大学山岳部)
仲が良くて、自分が体調で崩したりとか本当に遠征の中でもいろんな辛いことがあったが、最後まで挑戦をし続けることができたのは、この今いる仲間がいたからだと思っています。後輩にもこうして大学の垣根を超えて、大きな挑戦ができるような環境をサポートしていきたいと思っていますので、皆さんも是非「日本山岳会学生部」、そして各「大学山岳部」を応援していただけると嬉しいです。
・尾高涼哉(東京大学スキー山岳部)
22歳で、海外で1~2ヶ月に及ぶ山登りできたのは、今後自分の山登りのみならず、自分の今後の人生においても生きてく上で大きな支えになる思い出になったと思っています。本当に支援いただいた「大学山岳部」「日本山岳部会」の方には心から感謝をしてます ありがとうございます。
・井之上巧磨(青山学院大学山岳部)
すごく僕たちらしい報告をしたなと。僕たちいつもこうなんです。うまくいかないんです。遠征を今考えても計画はかなり練っています。今回の報告もすごく考えているんですけど、やっぱり遠征も含めて全部うまくいかないんです。
全部うまくいかないんですけどでも、僕たち5人揃うとなんやかんや切り抜けられるんです。お互いがお互いをうまいこと支えて。
登山中もなんかうまくいかない。なんかおかしいな。計画通り行かないなってことばっかりなんですが、僕たちはこの5人揃うとどんなことでもできたのかなと思います。それはやっぱり同じ目標を持ってこの4年間過ごしてきた仲間で、こうやって組んで長い時間過ごしたおかげでお互いのことをすごく信頼できてるからだと思います。
登山をやってると、「なんで登山をするのか?」「なんで山に登るのか?」「なんで山に命をかけるのか?」ってことをよく聞かれます。
正直、僕もよくわからないです。なんでこんなことをしてんだろう?っていうのをよく思いながら、この大学生活4年間過ごしてきました。僕は登山になぜかわかんないでが、すごい価値観を見出してこの4年過ごしたんだと思います。
山岳部の仲間っていうのは、同じように登山に価値を見出して青春を山にかける仲間たちでした。ここにいる仲間もそうです。ある意味日本山岳会っていう大きな会も、全員が登山というものに価値を見出して、人生を山にかけてる人たちの集まりなのかなと思います。
そういう中で僕はこの学生生活っていうのを同じ目標を持つ仲間たちと過ごして、かなり青春を謳歌しました。今後もそれを通して人生を謳歌していけたらいいなと思います。こういう「大学山岳部」「日本山岳会」に所属できたことが、僕はこの遠征で未踏峰に立ったとかそういうことよりも人生という長い時間でそういう仲間を得たってことが一番の成果と思います。
