見出し画像

日本海を目指す

学習院大学山岳部 平成19年卒 柿本真理

 日本海までの縦走山行を考えた背景として、当時の部員構成が中村匡と柿本真理の(3年)二名、三浦喜一(2年)一名の計三名と少人数であったことが大きい。 また当時主将を務めることになった柿本は主将初年度でどのように年間計画を組み立てたらよいのか、見よう見まねで務めた年であったように思う。

 GW合宿で勧誘した1年二人は夏山合宿前に辞めてしまっていた。 当時現役だけで合宿を行うという通例だったからか、岩登りを行う定着合宿は実力から考えて難しく、自分たちの好きなように、むしろ自分の行きたいところに行くというのが主眼であったように思う。 当時どこの山に行くかを考える材料として昭文社が出している日本アルプス総図を用いていた。 また、日本海に行くという計画は単純に山から海を目指したいという憧れがあった。 それに関しては直近の丸山裕子OG、柴田由布子OG、西川静枝OGが同様に縦走していた計画書、そして雑誌「岳人」のさわがに山岳会の記事を参考に計画を決めたように思う。

 ルート選定に関して北方稜線ルートは藤大路美興OBから知り得た情報ではかなりハードであり、日本海へのルートは後立山しか念頭になかった。 たとえ、当時北方稜線ルートがもっと詳しく情報として入っていても、実力からそちらを選ぶことは皆無だったと思う。

 当時七月二十四日~八月一日の計画で柏原新道から入山し台風のため冷池山荘で二日停滞、七月二八日冷池山荘~唐松山荘、七月二九日~白馬頂上宿舎七月三十日~朝日小屋、七月三十一日~栂海山荘、八月一日~日本海の実働五泊六日で栂海新道まで抜けている。 栂海新道のノスタルジックな風景と相まって時期的にはお花畑が満載であった。 朝日小屋は水が豊富で雪渓も残っており杏仁豆腐などを作って冷やしに行ったと記録に残っている。 水場については、サワガニ山の先の北又の水場や白鳥山先のシキ割りの水場などで水を汲んでいたと記録がある。 栂海山荘が行程の中で一番虫が多く、当時二年の三浦がふくらはぎを複数刺されて気味の悪い腫れ方をしていた。

 この山行の成果としては踏み跡が明瞭な登山道山行ではなく、人が行かなそうな農鳥岳以南の白峰南嶺の藪漕ぎ合宿に繋がり、冬山合宿は塩見岳から派生する蝙蝠尾根の山行と続いていった。

2005年度夏山合宿
2005/7/24-8/1 北ア・後立山縦走(扇沢~爺が岳~鹿島槍ヶ岳~白馬岳~日本海)

2005/9/5-9/12 南ア・縦走(大門沢~広河内岳~伝付峠~笊ケ岳~青笹山~小河内山~山伏)

2005年度冬山合宿
2005/12/26-2006/1/1 南ア・塩見岳(伝付峠~二軒小屋~蝙蝠尾根~塩見岳~三伏峠)


親不知の海岸(夏山縦走合宿完了)
左から三浦喜一、柿本真理、中村匡


サワガニ山
(左から中村匡、三浦喜一)

#学習院大学山岳部 #学習院大学 #学習院山岳部 #学習院山桜会 #山桜会 #登山 #柿本真理 #中村匡 #三浦喜一 #丸山裕子 #柴田由布子 #西川静枝 #岳人 #さわがに山岳会 #藤大路美興 #柏原新道 #冷池山荘 #唐松山荘 #白馬頂上宿舎 #朝日小屋 #栂海山荘 #栂海新道 #北又の水場 #白鳥山 #シキ割りの水場 #親不知 #日本海 #広河内岳 #伝付峠 #笊ケ岳 #青笹山 #小河内山 #三伏峠 #悪沢岳 #赤石岳 #聖岳 #光岳 #茶臼小屋 #部活の思い出

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集