文フリ京都購入「姪っ子物語」作 みわからす 感想文

今回、「文学フリマ京都」では、沢山の本を購入させ頂きました。
その中の一冊、「ふみわくらぶ」の永久名誉ボス(現在は私のボス笑)である、みわからすさんの作品「姪っ子物語」の感想を烏滸がましくも書かせて頂きます。

【著者横顔】
先ず、著者みわからす氏は、当初noteへ来た時は「古事記」の読解や研究をなさっていたそうです。現在もnoteには少しだけ、talesには数多くの、その作品が残されています。
古事記がお好きと言うだけあって、みわさんの文章は日本語にとても忠実で読み易いと私は常々思っておりました。
ところが、ユーモアにも富んだ方なので、いつの間にか「会話文形式の小説」がお得意になられました(ちょっとエッチな笑)そのように、ご本人もおっしゃっていらっしゃいます。
こちらの「姪っ子物語」は、その集大成のような作品です。このまま「脚本」化してもいいような、そんな物語です。
また、みわさんの企画力には定評があり、個人企画なのに、その応募総数には目を見張るものがあります。これは企画力はさることながら、みわさん自身の人望の厚さにもよるものだと思います。かくいう私も、もちろんその人柄を慕って「ふみわくらぶ」に入らせて頂きました。私事で恐縮ですが、私は今までメンバーシップやマガジン等のグループに、所属したことがありません。これが最初で最後だと思っています。
また「古事記」がお好きなことや京都在住と言うこともあって、神社仏閣等への知識にも長けていらっしゃいます。
では、この辺で肝心の本の方に参りましょう。
【あらすじ】
SNSをきっかけに知り合った中年の男と女。
男は独身だが、女には夫や子があった。
交流が進むうち、いつしか女は男のことをアニキと呼ぶようになる。
女の名は莉子。
そして、莉子の娘が家出したことからこの物語は始まったのだが⋯⋯⋯。
【感想】
最初に題名だけを読んだ時、大好きな作家 連城三紀彦氏の「私の叔父さん」を連想した。ところが、そこはさすが私が尊敬するボスだった。
設定も物語も全く違うものだった。
最初にご紹介したとおり、この物語は殆どが「会話文」で成り立っている。
それ故に「読み易い」と言う長所はあるが、場面を読者に想像させるために、陰で相当な努力をなさったのではないか?と私は思う(自らをおっぱい星人と名乗っているだけあって、おっぱいの描写は巧みだ 失礼!)
物語は、とんとん拍子に進む。
これが「会話形式小説」の強みである。読んでいてイライラ感が全くない。
ストンと物語が自然に胃に落ちてくる。小説離れ、文章離れをした現代人に、この方式はかなり有効なのではないかと思う。
だが、読み進めるうちに、なんとなく私は切なくなった。これは、みわさんご自身の物語なのではないだろうかと。
もちろんフィクションなのだが、そう思えてならなくなった。理由はプライバシーに反すると思うので避けるが、あぁ、こうなったら、どんなにか良かっただろうと心が軋むような思いにかられた。
それでも前へ前へ。
読み進めるのと同時に、それでも「生きていかなくちゃな〜」と私に教訓を教えてくれた気がする。
本気で読むも良し。電車の中で、くすっと笑みを浮かべて読むのも良し。
みわからすの「会話式小説」の集大成を是非、皆さんも楽しんでください。お薦めします。
甘酸っぱい思いと粋な男の生き様とイケイケな女二人を楽しんでください。
