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掌編小説「赤とんぼ」#虹色創作部


秋の空は蒼く、どこまでも高い
雲よ風よ
私をあの人の処まで
運んでください


「赤とんぼ」


三歳半だった。実母は私を置いて父とは別の男の元へ走った。
 クリスマスの寒い朝、プレゼントに貰った私のリカちゃん人形の箪笥が宙を舞い、神妙なふりをして畳に正座していた母の頬を掠めた。暴力を奮ったのは父ではなく、母方の伯父だった。
「あ〜〜!!」
火がついたように泣き出した私に伯父が
「また買ってやるから」
と言ったのを覚えている。クリスマス・プレゼントの箪笥が欠けたから泣いたのではなかった。
 朝早く帰った母がよそ行きのスーツを着て、また出掛けようとしていたから、いつもは優しい伯父が母を怒鳴りつけていたから⋯多分、そんな理由だった。白粉で染めた母の頬から一筋の赤い血が、涙のように流れて落ちた。伯父が、どんなに説得しても母の決意は固かった。大きな荷物を両手に持って、母は逃げるように私達を置いて家を出て行った。

 幼稚園時代、ブランコに乗るのもジャングルジムも滑り台も、いつも一人だった。シーソーは一人ぽっちだから乗れなかった。母が家を去ってから夕焼けが迫る時間になっても、私だけはお迎えが来なかったから、ブランコに乗り放題だった。そのうち仕事を終えた父が満面の笑顔で帰って来る。私はブランコを飛び降りて、父にしがみつく。
 頭を垂れた稲の穂の間の道を私達は手を繋いで歩いた。そんな私と父の前を赤とんぼ達が、何が嬉しいのか、楽しそうに飛び交っていた。


 
 父が再婚すると私にも母と呼べる人が出来た。美しい、その人は懐かない私に手をやいたのだろう。幼い私にちくちくと意地悪を繰り返した。今なら継母の気持ちが少しは理解出来るような気がするけれど⋯
 小学校五年生の秋、私は恐れていた初潮を迎えた。継母は喜ぶ代わりに汚いものを見るような目を私に向けて
「自分で下着は洗うのよ」
と言った。
 風呂場で一人、ジャブジャブと冷たい水で下着を洗った。涙がとめどなく溢れて私の頬を濡らした。      継母が喜んでくれなかったからでも、赤飯を炊いてもらえなかったからでも、ナプキンを買ってもらえなかったからでもない。
 女になるのが怖かった。母のような継母のような雌になるのが嫌だった。私の中に流れる赤い血を全て洗い流すかのように、いつまても私は下着を洗い続けていた。





 

虹くりっぷさんの企画に初めて参加させて頂きます。よろしくお願いします。


愛されなかったから
愛することが
不器用なのかも

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