掌編小説「紅葉色」#シロクマ文芸部

紅葉色に染まった手で、ぼやけた月の光に照らされた灰色のコンクリートの塊の合間を、ひたすら走っていた。ゴツいサイドゴアブーツの踵がアスファルトを蹴る度にその震動が足首、ふくらはぎ、太腿、それから私の秘部を伝わって子宮へ届く。まるで地球の息吹のように。目から溢れて飛び散る涙は悲しいからではなかった。ましてや、もちろん歓喜からでも。
月が雲に隠れるとゴーストタウンのようになった街並に闇が出来上がる。闇にはいつも、ひっそりと狂気が潜んでいる。
あの日もこんな日だった。コンビニに置かれたスチール製の灰皿に美味くもない電子煙草を捨てようと手を伸ばした瞬間、暗闇からひょっこりと顔を出した男が声を掛けて来た。黒尽くめのファッションにパーカのフードを目深に被った、いかにも怪しげな細身の男。
「バイトしないか」
その声に聞き覚えがあった。
「捕まるよ」
「闇バイトじゃないから」
「そんな格好で誘って、誰が信じるもんか」
鼻先で嗤ってやった。
「マジで違うって。お前3組の梨花だよな」
「そうだけど」
「煙草吸ってたこと、担任にチクってやろうか」
「闇バイトの次は脅し?」
「じゃあさ、バイトはいいから、俺と付き合わない?」
「ふざけるなっ!!」
ミニスカートじゃなかったら、ドロップキックでもお見舞いしたいところだった。
「あ、そういう意味じゃなくて」
「じゃあ、どういう意味よ!!」
「ラーメン食べに行かないか」
「はぁ〜?」
「いいから」
腕を掴まれ明るい所へ引っ張り出されて見ると、声の主はやっぱり、隣の組の篠原だった。
「腹減ってない?」
「順番が逆だろ」
「はぁ?」
「フツー、ラーメンに誘う前に聞くもんだろ?」
「あ、そっか」
ツッパっていても高校一年の男子の精神年齢なんて女子より十年は劣っている。その証拠のようなニキビ跡が残った顔で、篠原はあどけなく微笑んだ。
手を繋いだまま、今夜のように薄暗い街を私達は駆けていた。
「あそこ」
篠原が指差したのは、赤い提灯が灯る一軒の中華屋だった。
ガラガラ〜
硝子サッシのドアを開くと
「いらっしゃい」
篠原を大人にしたような店主が目だけで笑って迎え入れてくれた。
「兄貴なんだ」
「見れば分かるよ。そっくりじゃん」
「開店したばかりでバイト探してるんだ。だから⋯さっき俺」
「だから順番が逆なんだって」
「あ、そっか」
町中華っぽい朱赤を黒で囲ったカウンターに座ると
「醤油ラーメン二つ」
篠原が勝手に注文した。
「はいよ」
カウンターとテーブル席が二つ置かれた店は、他に仕事帰りらしいケバ目の女性が二人、餃子とザーサイで瓶ビールを飲んでいるだけだった。
「可愛い子だな」
篠原の兄は、弟と違って礼儀をわきまえているらしい。
「だろう」
目深に被っていたフードを外して、篠原は自慢げだった。別にお前のものじゃない⋯喉まで出かかった言葉を飲み込んで
「ありがとうございます」
軽く頭を下げていた。
「はい、どうぞ」
湯気が立つ丼ぶりが二つ、カウンターの上に置かれた。
「いい匂い、いただきます」
私が割り箸を割っている間に、隣からズルズルと麺を啜る音が聞こえてきた。
レンゲで一口スープをすくうと、懐かしい味が口の中に広がった。
「美味しい」
「だろう?」
ラーメンを啜りながら、バイトしてもいいな、私の心はほぼ決まっていた。
それが私と篠原兄弟との出会いだった。
(つづく) 多分
小牧幸助さんの企画に参加させて頂きます。
※あまりに長いので、今日はここまで(笑)出来れば企画に参加しながら、このお話を完成させたいな〜♪無理そうなら単独で。

いつも突然やってくる
