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「エッセイ」『時の贈り物』〜祭り囃子が聞こえる〜

実母が家を出て行った次の日、父は幼い私の朝食に焼きそばを作った。
「うっ」
あまりの不味さに
「ママのと違う」
私はベソをかいた。父は悲しそうな顔をしたのか、無理に食べさせようとしたのか覚えていない。
三歳だった。
あれから私は誰が勧めようと何十年も焼きそばを食べられなかった。父の焼きそばが、そこまで不味かったと言う訳ではない。
「三児の魂百まで」って言葉はあったけど、まだ「トラウマ」という言葉は日本に普及していなかった。
でも今は食べられる、大好きだ。


私が住む地方には厳粛な神を祀る「秋祭り」がある。今の季節になると町内の「会所」と呼ばれる寄合所でお囃子や太鼓の練習が始まる。
私の主人は祭りが大好きだった。粋な半被を着て、若い衆を引き連れ山車を仕切り、祭りの先頭に立っていた。

主人が亡くなって葬儀の出棺の時だった。祭りの若い衆が一斉に席から立ち上がった。その中の一人が前に出て主人の棺に祭りの半被を掛けた。
「ありがとうございました!」
「お疲れ様でした!」
皆が棺の中の主人に声を掛け礼をした。そしてそのまま棺を持ち上げた。数十人の行列になった。号泣する祭りの衆が主人の人生最期の花道を飾ってくれた。

7年半も寝ていたのに皆が覚えていてくれたんだね。ありがとう、本当にありがとう。
施主を務める葬式では泣かないつもりだったのに、これには涙腺が崩壊した。
粋なお別離れじゃないか、よかったね、ダーちゃん。半被を掛けたまま主人の棺は火葬炉に消えた。


ところが、その年の秋が来て町のあちこちから「祭り囃子」が聞こえてくると私は耳を塞ぎたくなる自分に気付いた。
そうだった。主人が倒れてからずっと私は「祭り囃子」が苦手になっていた。
楽しいはずのお囃子も太鼓のリズムも全てが、私を悲しみに誘う。秋風にのって祭り囃子が聴こえてくるとたまらない気持ちになった。

そしてコロナ禍が訪れ三年間、町から祭り囃子が聞こえなくなった。静かな寂しい秋が続いた。
主人が他界して5年目の秋、裏の小さな神社からこども囃子の練習の音が聴こえてきた。

「あれ?もうそんな季節?お祭りだ!」

祭り囃子が平気になっている、ううん、むしろ楽しく聴いている自分に気付いた。

「焼きそば」も「祭り囃子」も、もう大丈夫。
なんの努力もしなかったのに
『時』が私の痛みや傷を癒やしてくれていた。


時間の流れは歳を取るだけじゃなくて、こんな素敵なプレゼントを運んできてくれる。
私は「時からのプレゼント」を今日も受け取っている。






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