見出し画像

掌編小説「よそ見」#ナルさんの企画


「よそ見」

「よそ見しないで!!私だけを見てて!!」
澪は、そう叫ぶと両手を鳥のように大きく広げて、プールへダイブした。
 あの日の空は何処までも高く蒼く澄んでいた。

 澪と僕が出逢ったのは、四年前の大学のサークル活動でだった。自主制作映画を創ろうと息巻いていた幼なじみの龍彦が、予算もないのに始めたサークルへ、賑やかしの頭数を増やすためだけに誘われたのが僕だった。あぁ、それから龍彦は僕の親父の金も目的だったのかもしれない。後に彼は親父から多額の寄付をむしり取り、僕は強制的に、このサークルを退部することになるのだから。
親父の跡を継ぐために、三流私大の医学部へ、やっと滑り込んだ僕に映画を創っている余裕など最初から、あるはずがなかった。
 龍彦は同じ大学の経済学部に進み、将来の夢は「黒澤明に負けない映画監督になる」のだと現実を直視出来ないアオハル野郎だった。それでも僕等は幼い頃から何故か気があった。龍彦の父は将来を嘱望されている有能な銀行マンで、僕の家にも出入りしていたから両親も龍彦と仲良くすることに嫌な顔はしなかった。
 母が焼いたジンジャー入りのクッキーを
「僕、こんなに美味しいお菓子、今まで食べたことありません」
幼稚園児が言った言葉に母は頬を赤らめた。
身についた接客の腕は父親譲りだったのだろう。母が子ども部屋を去った後、龍彦は
「少し苦いね」
と舌をペロリと出した。

 そんな彼が演劇サークルで大道具を作っていた澪を引き抜いてきたのが、僕達の出逢いのきっかけだった。
「新しい仲間の高橋澪さんだ」
「よろしくお願いします」
ボブカットの黒髪に大きな瞳をした彼女はTシャツにジーンスと言うシンプルな格好をしていても、その個性的な美しさが際立っていた。
龍彦は、いきなり澪を主役に都市伝説のようなホラー映画を撮るのだと皆に発表した。
「ホラーですか」
仲間達は、YouTubeに溢れている都市伝説に二番煎じもいいところだとブツブツ呟いていたが、僕だけは澪に釘付けになっていた。だが、龍彦が澪の背後からそっと腰に手を回すのを僕は見逃さなかった。
「やっぱり⋯」
医大に受かるために幼い頃から勉強ばかりしてきた僕と違って、龍彦は青春を謳歌してきた。高身長で清潔感のあるルックスと何よりも父親譲りの「人たらし」の業で、龍彦は女にモテた。

 あれは澪を主役に起用した「姫子伝説」と言う自主制作映画が完成した打ち上げの夜だった。何も協力していない僕も、赤提灯が灯る昭和感満載の居酒屋へ招かれた席でのことだった。
「お疲れ様でした」
瓶ビールを持って、スタッフにお酌をして回っていた澪が、僕の耳元で囁いた。
「後で隣に座ってもいいですか」
「えっ、でも」
「ダメ?」
「ダメってことは、ないけど」
「じゃあ、決まりね」
驚いている僕を尻目に澪はぐるりと一周、酌をして回ると僕の隣にチョコンと坐った。
「君は龍彦の⋯」
そう言いかけた僕の手を握り
「だって彼ってば、誰にでも優しいんですもの」
下級生の女子に囲まれて微笑んでいる龍彦を指差させた。
「それは、彼は監督だから仕方ないんじゃないかな」
「私、私以外の女の人を見る人嫌いなんです。よそ見する人は嫌いなの」
澪は薄い座布団の上に正座をすると、大きな瞳を潤ませてキリキリと下唇を噛んだ。
「だから、僕なら安全だと?」
思いきって僕はたずねた。
「だって貴方は、いつも真っ直ぐに私だけを見つめてくれていたから」
太腿の上で拳を握り、わなわなと震えていた澪の両手が、いつの間にか僕の膝の上にあった。顔にも僅かばかりの笑みが戻ってきたように見えた。
「バレてたんだ」
「うん」
澪は大きく頷くと僕に耳打ちした。
「ねぇ、此処から抜け出しましょう」
「え?」
「いいから、早く」
澪はトイレへ立つふりをしてその場を離れた。僕は龍彦に会費以上の金を渡すと「じゃあ」と手を振った。
「ああ、またな」
龍彦には最初から僕を引き止めるつもりはなかったらしい。
居酒屋の暖簾をくぐって表へ出ると、後ろから細い腕が僕の腕に絡んできた。
「行こっ」
それから僕達は星のない夜の街をふらふらと歩き回った後、三日三晩をラブホで過ごした。澪の汗で濡れた髪を撫でながら、僕は何度も彼女の白く柔らかな胸に顔を埋めた。その度に澪は薄く尖った爪を僕の背中にそっと立てていった。
四日目の朝に所持金が底をついて、僕達はしぶしぶとそれぞれの家に帰った。

 それからも僕達はずっと一緒だった。
大学の校内で、通学の電車の中で、図書館で、学食で、ホテルで⋯
僕は澪が言った通りによそ見はしなかった。
澪に夢中になるのと比例するように、僕の成績は落ちていった。
「くだらないサークルに入ったからだ」
父は龍彦に相当な金を握らせて、僕を強制退部させた。

 それから幾度めかの冬がきた。何度も落ちた医師の国家資格取得の受験のために、僕は澪に
「少しの間だけ勉強に専念させてくれないか」
と提案した。
「貴方もよそ見をするのね」
澪は寂しそうに笑った。

 龍彦は黒澤明になる夢をとっくに捨てて、父の銀行に就職していた。
 そして今日、僕は久しぶりに澪に呼び出されていた。

「よそ見しないで!!私だけを見てて!!」

懐かしい母校の高飛び込みの板の上に立って、澪は叫んだ。
「お、おい!!」
水が枯れた冬のプールをめがけて、白い鳥のように澪はダイブした。
「やめろーやめてくれーー!!」
ゴツンと鈍い音がした。僕はコンクリートのプールサイドにへなへなと膝から崩れ落ちた。
彼処から落ちたら助からない。

「ミャ〜」
「えっ」
プールの底から、弱々しく啼く声が聞こえた。恐る恐る立ち上がり、僕はプールの底を見た。
 其処にあるはずの澪の死体は、なかった。
代わりに白い小さな猫が右足の血をペロペロと舐めながら倒れていた。駆け寄って抱き上げ、僕はその猫を動物病院へ連れて行った。

あれから何年の月日が流れたのだろう。僕の初恋は幻だったのだろうか。澪は何処かで今も生きているだろうか。
「ミャ〜」

あれから僕は人間の医師になるのを諦め、勉強をし直して獣医になった。あの日、助けた白猫に「ミオ」と名付け、僕は毎日彼女と共に居る。
もう二度と、よそ見はしない。
片足を失ったミオは僕の視界の中で生きている。







#なんのはなしですか


プロットも無しに、つらつらと書いていたら、わけのわからないお話に(苦笑)
コニシ木の子さん、よろしくお願いします。

ナルさん、こんなんでも良かったですか?
参加させてください。
よろしくお願いします。


忘れてた(笑)
買った(笑)





いいなと思ったら応援しよう!