平安文化は唐文化を介した突厥文化の翻訳

国際京都学研究会へ。ゲストスピーカーは立命館大学の専門研究員、愛新覚羅凱和さん。演題は「平安文化を生み出した

突厥文化について」。愛新覚羅闓和さんは乾隆帝の親王の子孫で、乾隆帝から数えて10代目だそうだ。今日の話は日本が飛鳥時代から平安時代前期にかけて輸入した隋唐文化がかなりの部分、突厥の文化だという話。確かに隋も唐も鮮卑系貴族が建てた国であるし、鮮卑はテュルク系といわれる。モンゴル系という説もあるけれど、愛新覚羅さんによれば、テュルク系とモンゴル系は文化的に明確に分かれるものではなく、大きくくくって突厥文化の影響下にあるとしていいそうだ。愛新覚羅さんのツングース系も含めて。日本が輸入した突厥文化を様々挙げて、騎馬や牛車の文化、貴族の装束、麺類や餅などの小麦を使った食文化などなど。天皇の称号も突厥から来たという推測にはいささか驚かされるが。唐の高宗が「天皇」を自称したという文献があり、これが日本の天武天皇に先んじるのは事実。そして高宗の父、太宗は周辺の民族から「天可汗」と呼ばれたし、「可汗」はもちろん皇帝のことだから、これも「天皇」に当たるのだとか。さらに詰めて研究するそうだ。

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