世界で一番おいしい三角 #マスクドnote企画_10

小学生の頃、コンビニのおにぎりに憧れていた。
都会的な洗練さを身にまとった、あの機械的な三角に。
中でも、旨みを抱え込んだツナマヨは極上の味わいで、巻きたてのバリッとした海苔は幸福の象徴だった。
とはいえ、食べられる機会は、年に数回もない。
旅行の朝とか、父と出かける遠出のときだけだ。
母が作るおにぎりの具は梅干しかおかかばかりで、ぼてっと重たく、田舎くさい。ハリ感というアイデンティティを失った海苔が、いつも恨めしかった。
いつか大人になったら、自由にお金を使って、ツナマヨを好きなだけ買うんだ!
それはわたしなりの夢であり、ささやかな野望でもあった。
あぁ、早く大人になりたい!
待ち遠しかった「大人」の扉は、思いのほか早く開いた。
中学生になり、運動部に入ると、土日の練習や試合で弁当が必要になる。相変わらず母の地味な弁当を嫌々持参していたが、うっかり部活の予定を伝え忘れたある土曜日の朝、嬉しいハプニングが起きた。
「お弁当が間に合わないから、コンビニで買ってって」と、母がわたしにこづかいを握らせたのだ。
コンビニで……?
お昼を……買う……?
「……あー、コンビニね。オッケー」
ツナマヨチャンスは突然に、である。
冷静さを装いながらも、頭の中ではファンファーレが鳴り止まない。
憧れのツナマヨをレジに持って行くときの、足取りの軽さよ。
立ち寄ったコンビニの監視カメラには、クルクルと踊りながら退店する13歳のわたしの姿が映っていたかもしれない。
味をしめたわたしは、その後もあの手この手でコンビニ作戦を決行した。
「体育館は暑いから買ったものの方が安心」とか、「食べる時間が細切れだから個包装の方が都合がいい」とか。その度に母は「そういうもんなの?」と申し訳なさそうにこづかいを渡してくれた。
自宅から学校まで、コンビニは3軒。もう、目隠ししていたって、どのコンビニのツナマヨかが分かる。わたしはこうして、「大人」になった。
「ほんとうの大人」になった今、ツナマヨはめったに選ばない。
手にとるのは、鮭あるいは昆布。あれほど敬遠していた梅やおかかも、しみじみおいしい。
母はしたり顔で笑ってるだろうか。「それが母の味ってもんよ」と。
それでも。
コンビニの棚のツナマヨを見るたび、今でもあの日のファンファーレの残響が胸の奥でこだまする。
わたしがはじめて手にした自由の味。
世界で一番おいしい三角。くすぐったい夢の味。
(本文:990文字)
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