血の味さえも忘れていた
夜中に小さな頭が降ってきて唇が切れた、らしい。口の中が血の味になった。
突然の痛みに悶えながら降ってきた頭を押しのける。鼻に当たっていたらきっと鼻血が出ていただろうから、唇でラッキーだったと思うことにした。
小さくとも頑丈な頭の持ち主である三男は、何事もなかったかのように眠っている。後頭部に前歯が当たったはずなのだが?そちらは痛くないんでしょうか。
たまにこんな夜がある。
州の字で眠っていると、三男は寝ぼけて頭をゆらゆらさせながら布団の中で座りこむ。それから第六感によって私の位置を特定して無防備に後頭部を振り落とす。ゴイン。
こちら側はもちろん眠っているのだから心の準備も何もなく、突然顔面にダンベルが落ちてきたかのような衝撃に襲われる。
ジンジン痛む唇と滲んだ鉄くささを味わいながら、この痛みを懐かしく、同時にとてつもなく愛おしく思った。
──忘れていた。
なぜ、忘れていたのだろう。
長男の時も二男の時も、同じように頭が降ってきて同じように唇を切った。その度に目から星が出たような衝撃に一人布団の中で悶絶していたものだ。
痛みの記憶は他にもあったことを思い出す。
ヒザに座っていたはずの息子が突然立ち上がって下からアゴを打つ痛みや、太ももの上で飛び跳ねていた息子の足がゴルリと内腿に入った時の痛み、おんぶしていた息子が落ちそうになってとっさに掴まれた髪の痛み。
こちらの鼻をもぎ取ろうとする小さな手には薄く鋭い爪が備わっていて、紙で切った時のようなピリピリとした痛みが何度も走った。
そもそも妊活中はホルモン注射を腹に打ち、妊娠中は糖尿病でインスリン注射を腹に打ち、妊娠したらしたで腹の中から膀胱をダイレクトに蹴られた。
出産は言わずもがな激痛。ようやく生まれたら乳首が痛くて悲鳴をあげそうになったし、抱っこは腕が痛いしおんぶは腰が痛い。
レゴを踏んではまた悲鳴をあげ、砂場に行けばスコップに巻き上げられた砂が目に入ってムスカになり、ローラー滑り台ではお尻の感覚がおかしくなって「尻が…!尻がァァ…!」と叫ぶおかしなムスカになる。
──思い返せば痛いことばかりだ。それなのに、その痛みをまるっと全部忘れていたことに、三男の頭が降ってきて初めて気がついた。
……忘れちゃうんだ。
今感じている唇の痛みも、口いっぱいに広がる血の味も、それぞれの子ども達の頭の重さも。ムスカになった日も。あんなに痛かったのに。
痛みを忘れることは、人間にとって必要なことなんだと思う。じゃなきゃ一度出産を経験したらもう二度とごめんだととっくに人間は滅びている。
分娩室に横たわって「こんな痛い思いするなら今すぐ腹を切ってくれ!もうやめたい!死ぬ!」と騒いでいた数々の女性達たちが、数年後にはその痛みを無かったことにしてふたたび分娩室に向かうんだから、勇ましいことこの上ない。
私たちは、忘れるように出来ている。
分娩の痛みも、失恋の痛みも、痛みをそのまま保存しておくことは出来ずに、少しずつ薄れて、脳内で補正をかけたりしてなんとなく前を向いていけるようになっている。
だけど、忘れたくない愛しさを持った痛みでさえも忘れてしまうのだから、痛みを伴っていない愛しさなんてもっと儚く消えていってしまうのだろう。
砂場で作った山が次の日には必ず壊れているように、砂場で交わした会話も笑顔も、頭の中に留めておくことはできない。
だから私たちは写真を撮る。
その一瞬を忘れないために。
そして写真には写らない感情や目に入った砂の痛みは、文章でしか残すことができない。
スースーと耳元で寝息を立てる3歳の頭が臭いことや、いつの間にか降ってこなくなった小学生の後頭部に胸がギュッとしたことや、唇がだんだん腫れてきたことまでも。
忘れたくない。
だけど、忘れたくないものまでどうしたって全部こぼれていってしまうから。写真に残らない匂いや痛みや愛しさを、なんとか言葉で留めておきたいと思う。

いいなと思ったら応援しよう!
本田すのうは皆様からのご支援で活動を続けています。