見出し画像

ありがとう。それで君は一体だれなんだい?

どこの駐車場も満車だった。

絶賛登園渋り中の息子を車に乗せ、園の近隣パーキングを次々に周る。登園時間まではあと15分ほどあるからまだ焦ってはいなかったけれど、出来れば早く空いている駐車場を見つけたかった。車を停めてから歩き出すまで時間がかかることが分かっているからだ。息子は年中で転園してから、ゴールデンウィークを終えてもまだ毎朝泣いている。後部座席で窓の外を眺める息子の口はムッと結ばれている。

「ちょっとだけ遠くなっちゃうなぁ」
そう言いながら見つけたのは、いつもより徒歩5分ぶん遠い駐車場の【空車】表示。それでも、いつ空くか空かないか分からない近隣駐車場を待つより早いと踏んで、駐車場内に車を入れた。

商業地や園から少し離れているせいか、広い敷地内はガランとしていて車はない。どこにでも停め放題である。

「どこにしようかなー?」
ほぼ独り言のような、息子に語りかけるような口調であたりをキョロキョロ見回した。別にどこだっていいんだけど、なんとなく入口からひとつ開けた12番に停めることにする。12番に停めるために、脳内で瞬時にイメージして車をななめ前に進めた。

車の運転には慣れている。18歳で免許を取ってから、車の魅力に気がついて、自動車ディーラーに就職したくらいには車好きの部類に入る。すでにマニュアル車の運転の仕方は忘れてしまったけれど、バックで駐車するのは片手でハンドルを回すイケメンぐらいの腕前だ。

完璧な位置で停車し、ギアをRにいれてから、バックミラーとサイドミラーを見た。


誰か、いる。

「えっ」
思わず車内で声が出てしまった。ミラーから見えるその人物は、チェックのシャツを着た若い男性で、明らかに私を誘導しようとしている。

13番車室で手を高く上げ、私をこまねいている。
「オーライ!オーライ!」


「えっ……えっ?」
動揺が隠せない朝の8:50。タイムズパーキングに係員の姿はない。車は私の1台のみ。

どこから現れたのか、突然のチェック兄さんの誘導に動揺しつつも、少しずつバックしていく私。なのだが、チェック兄さんはなぜか13番に誘導させようとしている。

「ちがっ。いや別にいいんだけどいやでも!」
突然のことに動揺して思ったことが全部口から出ていく。

私は12番に停めるための角度で前進しているから、その隣となるとズレるんだよ。と言いたいけれど、キラキラした瞳で「オーライ!オーライ!」と叫ぶチェック兄さんにそれを伝えるには、こちらも窓を開けて「12番に停めたいんですー!」と言わなくちゃならないわけで。

正確には13番でもいいんだからここはひとつチェック兄さんの誘導に従ってみようか。とキチンと腑に落ちたわけではないけれど、動揺していて判断力が低下している。


結果的に12番と13番のど真ん中に停める羽目になった。


いやいやいや待て待て。違うのよ。
すごい駐車下手な人みたいになったじゃないか!!っていうかチェック兄さんがいなかったらパーフェクトに停められてたのに!

チェック兄さんは少林寺拳法みたいな、キャイ〜ンみたいな、はたまただっちゅーのみたいなポーズで「前にもう一回行け」とポーズをする。

「分かってるわよ!!」
外に聞こえないのをいいことに、ミラーに向かって叫ぶ。くそ、こうなったら13番にビタで停めてやる。

一度前進してから後方ミラーを確認。──いる。
サイドミラーを確認。──いる。
カーナビのカメラを確認。──いる。

どの画面にもチェック兄さんが見切れている。集中力が逆に切れる。気になって気になっていつもよりだいぶ運転が下手になる。

チェック兄さんはふたたび手を大きく上げて「オーライ!オーライ!」と声を出し始めた。

まだ免許取ったばかりのころ、元カレがこうやってオーライオーライしてくれたな。うふふ……じゃねーのよ。ごめんもう、我慢できない。

「すっごい邪魔ー!」
言っちゃった。窓開いてないから聞こえてないと思うけど。

「なにがじゃま〜?」
三男に問われて、
「あ、なんか今コバエがママの周り飛んでた」と咄嗟に嘘をつく。


チェック兄さんの誘導によってなのか、私のテクニックによるものなのか、車は13番車室にぴたりと停められた。チェック兄さんは運転席の窓の方に顔を出すと、指でオーケーの形を作ってコックリと頷いた。マンガならウインクするところだけど、してなかった。

「ありがとね」
口の動きだけでそう言った。ありがとうなんて微塵も思っていなかったけど。本当は、こんな時どんな顔をすればいいのか分からないの。というのが正直な気分だったけれど。


チェック兄さんは足取り軽く、とても楽しそうに駐車場から出ていった。その背中を見送りながら突然沸々と何かが湧き上がってきて、ついに吹き出した。

「おっかしー!」
突然ケラケラ笑い出した私を見て、三男もニコニコし始めた。
「おかしーねぇ」

いつもより5分遠い駐車場で、いつもより駐車に時間がかかって、遅刻寸前になってしまった。それでも私と三男は笑いながら「いっそげー!」と駐車場を後にした。


きっとチェック兄さんは今頃「良いことしたなぁ」と幸せな気持ちになっているだろうし、私もおかしな朝に遭遇して愉快な気分になっている。


チェック兄さんが誘導してくれたのは、いつもの行き渋りとひとつぶん隣の朝だったんだ。

──ありがとね。
それで、君は一体、誰だったんだい?




▽1年前の登園渋り(歩くとこうなる)


▽登園が哲学になることも


いいなと思ったら応援しよう!

本田すのう 本田すのうは皆様からのご支援で活動を続けています。