ドアよ、開け! #マスクドnote2 _9

玄関のドアは、私を冷たく拒絶した――
最近導入したばかりのスマートロックは、バッグに鍵を入れておけばドアボタン一つで施解錠できる優れもの。炎天下の中、駅から歩いてようやく辿り着いたドアの前でボタンを押したが、いつもの「ぎゅるるいん」という開錠音が聞こえない。
その瞬間、血の気がサッと引いた。同時に、朝の光景が鮮明に蘇る。
「今日は車使わないから鍵は置いていこ」と、リビングのテーブルにキーケースを置いたまま、夫に施錠を頼んだのだった。
電車移動の日に限ってこのうっかり。想像力の欠如と、ドアボタンを押すその瞬間まで鍵を持っていないことに気づかなかった自分の呑気さに絶望した。
「え、どうする?」
頭は完全にパニック状態。「鍵がないと車を動かせない、子どものお迎えは?歩いて行くの?」
すでに炎天下の中を30分も歩き、私の意識は朦朧としていた。息を吸うのも苦しい最も暑い時間帯。頭から水をかぶりたい衝動を抑え、軒下で力なく打ち水をしながら頭を冷やす。
「運よく近くにいてくれっ……!」
神に祈る気持ちで夫に電話をかけた。繋がったとしても、営業で遠方を回る夫が果たして家まで来てくれる可能性はあるのだろうか。
「どうかした?」
「あの……やってしまいました。家に入れません。助けてください……」
申し訳ないやら恥ずかしいやら、蚊の鳴くような小さな声で助けを求めると、受話器の向こうから「んふっっ!今近くにいるから20分くらいで行けるよ」と、鼻で笑う夫の声が聞こえた。
助かった……!
しばらくして、救助にきた夫はニヤニヤしながら玄関のドアを開ける。こんな時、一言も責めないのが夫の良いところ。
開いたドアの先、ひんやりした空気にほっとしたら、ある言葉を思い出した。
行ってらっしゃいのキスをすると事故率が下がる。
玄関事件のご恩は玄関で返そうじゃないか。
そっと夫に近づき……
いやいやハードルが高すぎる。今週一番の心を込めて「行ってらっしゃい!気をつけてね」と再び送り出した。
「行ってらっしゃい!気をつけてね」は事故率を7%下げるのだとか。ならば、我が家は3倍の21%事故率を下げようと、娘たち含め3人でハグ&「行ってらっしゃい」をすることにしている。
我が家のゆるキャラ、パワースポット、それが夫。
開かないドアに夫のありがたみを改めて嚙みしめるのだった。
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