狭間の玄関 #マスクドnote2 _7

冴子にいってらっしゃいと言われて玄関を出る。
一歩外に出たら、もうこの世はおしまいだというほどの灼熱が待っている。
はずだったが、なぜかそれは一向にやってこない。
「おかえり。遅かったね」
玄関の向こう。そこには冴子がいた。ついさっき、いってらっしゃいと言って見送ってくれたはずの、冴子が。
さっきまでは、学生時代から着倒している青ジャージの冴子だった。しかし、玄関を抜けた先の目の前の彼女は、在宅の仕事を終えて晩御飯の支度を開始する、エプロンの冴子だ。
「ごめん、忙しかったから、今日は適当にカレーでいいかな」
あ、うん、もちろん……。
僕は言った。そしてあたりを見渡す。
家だ。さっき出発したはずの。間違いなく、自分の家。キッチンでは、冴子が寝ぐせを整えたあとの美しい髪をひとつにくくっていた。
あ、さっき、朝からパンケーキを4枚も食べてしまったからお腹はすいていないけど……とその背中に言おうとしたら、僕の腹がぐうと鳴った。
嘘だろ。腹が減っている。いつもの仕事終わりのソレと同じくらいには。
さらには、玄関を出ただけなのに、疲れている。ぐったりとした脚と肩の重み。確実に疲れている。玄関を出ただけなのに。
「先にお風呂に入っておいで」
冴子はこちらを見向きもせずにそう言った。朝風呂を終えたばかりのはずの僕は、促されるままにお風呂でシャワーを浴びた。はて。いったいどうしたことだろう。ただ、シャワーを浴びるとやっぱり湯船にもつかりたくなり、熱いお風呂に身を沈めた。お風呂に入って自分のほてった顔を見たら、まあいっか、という気持ちになった。
風呂から出ると、リビングの窓の外は夕焼け空になっていた。
「カレーだけでごめん」
ご飯のおかずを2品作れない日、冴子はそう言う。僕は、全然大丈夫だってば、と言いながら手をあわせる。
「なんだか最近、すごく疲れるの。一日が長すぎる」
冴子は言った。食欲もないと言い、僕だけがカレーを食べた。
どうしてだろうね、と僕が言うと、冴子はエプロンから青ジャージに着替えながら、
「家から全然出てないからかなあ」
と言った。
僕はカレーのニンジンを崩しながら、なるほどね。と言った。
なるほど。なるほどね。
「明日はお休みにしたいな。ねえ、どこかに行きたい」
青ジャージの冴子が言った。
僕は冴子のカレーを食べつくした。
「そうだね。そうしようか」
でなければきっと、あなたも僕も、あの玄関からは抜け出せないのだろうから。
(1000文字)
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