白米はビールのつまみにならない #マスクドnote企画_1

雨上がりの夕暮れ、窓の外は湿った空気が漂う。夕飯を作ろうとキッチンに立った私は、冷蔵庫を開ける。見覚えのないビールが鎮座している。「新発売のビール買っといたよ!」と背後から夫の声。「今日は休肝日なんだけどなぁ」と眉をひそめる。だが、ビールの誘惑を断るなんて、私には無理だ。決して夫に負けたわけじゃない。「愛する人からの贈り物は、どんな形でも受け取りなさい」と誰かが言ってたのを、勝手に心の掟にしてるだけだ。誰か知らんけど。
ビールのプルタブをカシュッと開け、一口。キンキンに冷えたビールが喉を滑り、汗と疲れを洗い流す。だが、ここで問題が発生する。ビールのおつまみがないのだ。今日は休肝日のつもりで、つまみを用意してない。つまみがないビールはただのアルコール、消毒液を飲んでいるのと同じだ、と誰かが言っていた。いやそれは全然違うだろ。
落ち込む私に「もうおにぎりでいいんじゃない?」と夫が声をかけた。
「白米はビールのつまみにならない」と、これもどこかの誰かが言っていた。その言葉が頭にこびりついて、私はおにぎりを作る気になれなかった。そんな私を見かねた夫が、炊飯器から炊き立てのご飯を取り出して、おにぎりを握り始めた。私はその様子を黙って見ていた。
しばらくして、テーブルの上にはおにぎりが並ぶ。塩をふりかけて焼き海苔で包んだだけのシンプルなおにぎり。磯の香りが鼻について空きっ腹を刺激した。
私はおにぎりに手を伸ばして、一口かじりついた。米の甘みに塩のキレが口の中に広がる。すぐにビールを流し込む。うまい。いや、うますぎる。ビールの苦味が、おにぎりの素朴な旨味を引き立て、米粒がビールと抱き合ってるみたいだ。
夫が「これもどうぞ」と梅干しのおにぎりを差し出す。梅の酸味が舌を刺し、ビールの爽快感と混ざり合う。酸っぱさと苦味がケンカするどころか、絶妙なハーモニー。梅の塩気がビールのコクを深め、炭酸が口をリセットしてくれる。
夫はさらに「鮭もいいよね」と、焼き鮭のおにぎりを握る。鮭の香ばしさと塩気が、ビールの軽やかな苦味とマッチ。ご飯の温かさとビールの冷たさが、口の中でコントラストを描く。
白米はビールのつまみにならない? 一体誰が言ったのか。おにぎりを試してみろよと、最高のつまみだぞと言ってやりたい。
得意気な顔で私を見つめる夫を、素直に褒める気になれない私は、黙ったままおにぎりに手を伸ばした。
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