「どうにもならないことは江戸にもあり」しゃばけに教わった人間の無力さと愛
じゃりじゃりと土を踏む音とともに、威勢のいい声があちらこちらから聞こえてくる。聞いたことがあるのに使ったことはない台詞が四方八方から耳に飛び込んできて、騒がしい。
「江戸一番の目利き品だ!間違いねぇ!」
──ちょんまげ姿の商人は声がよく通る。
「江戸の風は心地よいが油断はならぬな。」
──カチャリカチャリと刀を鳴らす武士。
「ぎゅわーっ」
──この声は……???
まるで異世界のようだけど、ここは江戸。
ほんの少し昔の日本の話。
まだ、妖怪が人々と一緒に暮らしていた頃。
今はもうおとぎ話か心霊話のように語られる妖怪だけど、古くから妖怪は人々と共にあった。家の天井裏に。お茶碗に。傘に猫まで。妖怪はなぜうまれ、なぜ怖がられ、なぜ語り継がれ、なぜ愛されてきたのか。
その片鱗を垣間見れるのが、小説『しゃばけシリーズ』である。
畠中恵さんが原作を手掛ける『しゃばけシリーズ』は初刊から20年も続くベストセラー小説であり、シリーズ累計1000万部も売り上げているそうだ。私自身、今ではほとんど処分してしまった本棚の中で手放せない書籍でもある。この小説をきっかけに江戸まるごと好きになったほど、しゃばけシリーズへの愛は深い。

これまでにも何度か「しゃばけ、おもしろいよ!」と人に伝えたことはあるけれど……小説というのは好みがあるから難しい。
・舞台は江戸
・妖怪が活躍するエンタメ小説
・キャラクターがどれもこれも愛しくて最高
と、いくら力説したところで興味のない人にとっては馬耳東風。なかなか手が伸びないのも頷ける。(それでも勧めるけど)
だが、これならどうだ。
『しゃばけ』アニメになります!
今ちょっとばかり興味をもってくれた方、ありがとう。せっかくだから最後まで聞いて欲しい。
過日、一世を風靡した『鬼滅の刃』はこうだ。
・舞台は明治
・鬼と鬼狩りのストーリー
・キャラクターがどれもこれも愛しくて最高
似ている…。
そして『しゃばけ』のアニメーションを手掛けるのは、BN Picturesである。BN Picturesといえば『銀魂』や『アイカツ!』などこれまでにもヒット作を次々と生み出し、原作がある作品のアニメーション化を大成功に導いている。
期待値が爆上がりして腹の底から興奮がせりあがってくる。
私の愛する妖怪たちが文章の世界から飛び出してアニメになるなんて。もしかしてもしかして、すごく流行ったらキャラクターがグッズになったり文房具になったりして持ち歩くこともできちゃったりするのかな……!?なんて早くもオタク特有の妄想が暴走を始めている。
せっかくなので、しゃばけに出てくる妖怪の中で私の最推しをご紹介したい。
鳴家です……!

サイズ的にはネズミ~ウサギぐらい。まず間違いなく、グッズにできる。ぬいぐるみ、キーホルダー、ガチャガチャの景品にぴったり。
そもそも鳴家は家の天井や壁をぎしぎしと鳴らす妖怪で、特段悪さをするわけでもない。たくさんの妖が登場する『しゃばけ』の中でもこの鳴家は登場回数がダントツに多い。主人公の袖に隠れてついてきたり、鳥に乗って空を飛んだり、とにかく動きの全てがかわいくて、しゃばけのマスコット的存在。
昔、祖父母の家に泊まったりすると天井がガタガタぎしぎし鳴るとちょっと怖かったけど、しゃばけシリーズに出会ってからは「鳴家がいるかも!?」とワクワクする。「鳴家~出ておいで~」と天井に向かって話しかけたこともある。まるでまっくろくろすけである。似たような存在なのかもしれない。
妖怪は他にもたくさんいる。
アクリルスタンドやアクリルキーホルダー、缶バッチにして持ち歩きたい二枚目ももちろん登場するから安心して欲しい。
👻
私がこの『しゃばけ』シリーズに魅力を感じるところはただ妖怪がかわいいから、なんてことはない。初めてこの小説を読んだ10代の頃はそこまで気がついていなかったけれど、今もなお手放せず繰り返し読むのには理由がある。
『しゃばけ』には「この世界の理不尽さ、人間の無力さ」そして「愛」が描かれているからだ。
小説ではたくさんの妖怪が登場するが、「なぜ妖になってしまったのか?」という視点で書かれているシーンも多い。
大切にされなかった物が化けることがある。
理不尽な世の中で悔しい思いをして、なりたくなかったけど妖怪になってしまったものもいる。恨み、つらみ……やりきれない思いを抱えたまま、まわりを攻撃する悪霊的存在になってしまうものも。そういう妖怪は「災いのもと」「自分も周りにいるものも全て飲み込んで命さえ落としかねない」と嫌われ蔑まれる。関わらないのが一番だ。同情してはいけないと周囲の者は口々に言う。
だけど主人公である若だんなはどうしても放っておけない。何とかしてやりたいと、寄り添い声をかける。
「大福を塀の下に置いたから、おあがりよ。」
「今日、行くところはあるのかい?」
「ここにいていいんだよ、約束する。」
「だから、少し耳に痛いことを言われても、驚かないでおくれ。皆と仲良くなれたらいい……」
それでも、どんなに寄り添っても届かない声も、ある。
「なんだよ!何を我慢しろって?酷いよ、いっつも同じだ。なんでおいらばっかり、思うようにならないのさ。」
「また今回も、駄目だった。どうして、どうして、どうして!」
怒っている。怖がっている。どうして分かってくれないのかと、言葉が嚙みついてくる。しゃくり上げているのが聞こえて、涙を流している顔が見えるようだった。
「なんで皆、おいらに優しくしてくれないんだ!我慢なんて嫌なこった。酷いよ。離れにいる妖達なんて、嫌いだよっ」
若だんなの声は届かない。
私は『しゃばけ』シリーズの中に何度も人間を見た。描かれているのは妖怪だけど、黒々した情念は人の形をしている。同じような言葉を放つ人と出会ったこともある。小説の中にいる妖怪と、今まで私が出会って来た人たちや私自身と、何が違うというのだろう。
根底にあるのは、この世の中の理不尽さや生きづらさ。悔しくてやりきれない思い。自分と違うものたちへの憧れ、妬み、そして愛。それは江戸でも平成でも令和でも変わらない。
私には受け止めきれなかった重いものを、小説の中で主人公は受け止めようともがいている。それから読者である私に問う。
「お前に一体何が出来るというんだ?」
あまりにも無力で、どれだけ自分が周りに助けられているのかがよく分かる。それから、目の前にある小さな愛に気がついたりもする。
だから、私はしゃばけが好きなのだ。
👻
『しゃばけ』には色々な妖怪がいる。
心がぐーっと締め付けられるものもいれば、かわいくて愛しい妖もいる。まだ小説を読むには難しい年齢の子が……もっというと自分の子どもたちがしゃばけを知るきっかけになる思うと嬉しい。一緒にしゃばけや江戸を語り合いたい。アニメをきっかけに小説を読むようになる子だっているはずだ。
江戸という街並み、そこに住まう人々の営み、かつて人と妖が一緒に過ごしていた頃。夜がどうして怖いのか、家の天井はどうしてぎしぎしなるのか、割れた茶碗に宿るもの。どうして物を大切にしなくちゃならないのか。
そして、どうしようもないことも、世の中にはあるってこと──。
それが映像になって大人も子どもも一緒に楽しめるなんて。……20年待ってた。「待望の」って待たせすぎ。嬉しい。
個性豊かな妖怪たちはアニメーションになったらどんな姿を見せてくれるのだろうか。きっと子どもたちはそれぞれ好きな妖が出来るだろうし、私はグッズを集めるだろう。
20年分のエピソードの中からどの妖を選ぶのか。鳴家に白沢様に犬神様に屏風覗き……わくわくが止まらない。
公式サイトでは2025年放送予定とある。もう2025年も3か月を過ぎたからいつ始まってもおかしくない。心の準備は整った。BN Picturesを見れる環境さえ整えておけば問題ない。グッズ置き場は用意しておいたうが良いかもしれない。
あとは果報を寝て待つのみ。
気になって待てない間、シリーズを読み返すのもいいだろう。
「小説読んで!」と言うのはなかなかハードルが高いけど、「アニメ見て!」なら言いやすい。
\\しゃばけ、私の推し//
放送日が分かりましたらまた追記します。
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有川浩・畠中恵などの心がほっとする小説が好きです
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