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ただいま、玄関より #マスクドnote2 _11





夜中の二時に目が覚めた。

カーテンの隙間から街灯の淡い光が差し込み、天井の隅が青白く浮かび上がっていた。家の中の音ではない、そう思いたかった。けれど次の瞬間、玄関の方からミシッと床が軋む音が聞こえた。

誰か、いる。


息を呑んだ。

恐る恐る、寝室のドアを開けると隙間から、見えた。玄関。開いている。ほんの数センチ。

風? いや、違う。開き方が自然すぎる。誰かが鍵を開けて入ってきた、そんな開き方。

玄関の照明が切れたままなのが、逆に幸いだった。うっすらとした街灯の明かりだけが、そこに何かが立っている輪郭を照らし出す。

人影。

背の高い男。濡れたコートを着ている。片足を少し引きずっているような立ち方。

心臓が跳ねた。

見覚えが、ある。

足音はない。けれど確かに、その人影は廊下に踏み込もうとしていた。
片足ごとに、床にぬめっとした泥が残る。

明かりがほしい。でも、身体が動かない。呼吸もままならない。

そのときだった。

街灯の光が、ゆっくりと室内に滑り込んできた。

その顔を、静かに――そして確かに、照らした。

「……うそ」

声が出た。自分でも、誰の声かわからないような声だった。

それは、夫だった。

顔に傷。泥まみれの髪。右手はぶら下がり、首の角度が異様だ。

けれど間違いない。彼だった。

死んだはずの夫が、そこに立っていた。

冷や汗が背筋を伝い、足の先まで凍るような感覚が広がっていく。それはゆっくりと、音もなく近づいてくる。

「ど、うして……」

言葉が喉の奥に張り付いた。振り絞った声は震え、頼りなかった。

彼の顔が、明かりの下に現れる。
その目が、私を見ていた。

濁った瞳。虚ろで、奥に何もないのに、それでも私を見据えている。
唇は、かすかに笑っているようにも見えた。

私は後ずさった。壁にぶつかり、身体が崩れ落ちる。
それでも、彼は歩みを止めない。

足音はない。呼吸もない。けれど、気配が重い。

あの夜のことは、もう思い出したくない。
玄関に染みついた何かを拭き取っていたとき、
白いはずの雑巾は、どれだけ洗っても曖昧な色のままだった。

そして――

彼は、マットの前で止まった。
一番、忘れたかった場所。
しばらく、動かない。
そして、ゆっくりと、かがみ込んだ。
顔が近づいてくる。
泥のしずくが、床にぽたりと落ちる。
唇が、かすかに、動いた。

「――た、だ……いま」

帰って来るはずがない。
戻ってくるはずがない。

彼は、あの日、
私が、あの玄関で、

終わらせたのだから。







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