玄関のむこうに広がる世界は #マスクドnote2 _10

すべての家の玄関に『どこでもドア』が標準装備された日。
玄関は、移動のためのプラットフォームになった。
霧島 茜は、その日もいつも通りに出勤しようと、パンプスに足を入れた。
始業10分前。
どこでもドア-通称『どこドア』が国によって整備されてから、通勤時間は限りなく0に近くなった。
満員電車に揺られる苦行もなく、転居を伴う転勤の必要もなくなって、会社員のQOLは格段に上がった。
茜の場合、社屋の玄関に位置情報が設定されているから、オフィスまでの移動時間を考慮して10分。
なんなら5分前でも間に合う。
『会社』
行先を頭に浮かべてドアを開ければ、勤めるビルの玄関がそこにあるはずだった。
「あれ?」
茜は、目の前に広がる真っ白な空間に目を瞬かせる。
床も壁も白い、なにもない広々とした部屋。
私、『会社』って思ったよね?
首を傾げつつドアを閉める。
接続が切れた途端、あたりの雰囲気が自宅の玄関に戻った。
耳にかけたオープンイヤー型のイヤホンを外す。AIが管理する、どこドアシステムとの同調センサーに、電源が入っているのを確かめた。
精神感応式の同調センサーを頭部付近につけ、頭の中で行き先を考えれば繋がる。
本人認証や位置情報、ポイント設定は厳密に管理されていて、登録された場所にしか繋がらない。どこでもドアのセキュリティは万全だ。
もしかして、仕事行きたくないって気持ちが混じったのだろうか。
イヤホンをセットして、もう一度ドアノブを握り直す。
「会社」
口に出して押し開く。
今度は正しく、ざわめく社屋の玄関ホールが目の前に現れた。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
やわらかい女性の声が、耳に聞こえた。
昼休み。
今朝の出来事が気になった茜は、どこドア管理センターに報告した。
「お尋ねのドアのログに、エラー記録はありません」
穏やかな男性の声に、茜は目を丸くする。
「え?でも、なんにもない白い部屋に繋がったけど」
「ですがログにはエラー記録がありません。現時点では判断しかねます」
画一的な返答に、渋々通話を切った。
「どしたの、茜」
困惑にため息をつけば、通りかかった同僚が声をかけてきた。
話をすると、思いあたることがあったらしい。
「それってバグじゃないの?」
「バグ?」
「ん。都市伝説?」
見知らぬ場所に繋がって、そこへ出て行った人は帰ってこない。
告げられた言葉に、あの白い部屋が浮かぶ。
なぜかぞわりと肌が泡立った。
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