にぎりしめたもの #マスクドnote企画_7

本当に焦ったとき、何をしているのかわからなくなることがある。
ぼくの高校は、高台の上にあった。
毎朝、急な坂道を自転車で登る。
高校生に給食はなく、弁当を持参する。購買にはパンしかない。
だから、弁当はおにぎりだ。
ある暑い日。4時限目の授業が終わる。
かばんを開けるとそこにはアレがなかった。
主食がない。
頭のうしろがサーッとする。と同時に、4時間前の自分を責める。
このままでは、夕方まで持たないかもしれない。
購買で焼きそばパンを買うか。
でも、ぼくはおにぎりを食べるためにここに来たのだ。
隣の席の田畑と目が合う。
「やっちまった」
「何?」
「おにぎりわすれた」
「うーわ」
学校の高台を降りたところにコンビニがある。そこではおにぎりを購入することができる。
しかし、この学校では、昼休みに学校外に出ることが禁止だ。
校門の前には、守衛がいる。
気づかれずにコンビニに行くためには、校門を通るのではなく、武道館の裏から崖を駆け下り、崖を登って校舎に戻らなければならない。
制限時間は25分。決して充分な時間とはいえない。
でも……、このミッションは完遂しなければならない。
なぜなら、今日おにぎりを食べるにはそれしか方法がないのだから。
田畑は、一瞬で理解したらしい。
「わかった。俺は止めない。無事を祈る」
そういって、田畑は、目立ちにくい卓球部の茶色のジャージを投げてきた。
その瞬間、僕は飛び出す。
武道館の裏。まだ誰にも見つかっていない。
そびえたつ崖。普通の高校生はここをおりようとは思わない。
わずかながら土が削られたけもの道が見える。
迷っている暇はない。
一気に下りおりる。
コンビニまで、一気に走る。
息切れ。いや、緊張だろうか。
コンビニに入り、店員に息切れした様子が悟られないよう、努めて息を落ち着かせる。
コンビニには、おにぎりがあった。予定通り。3つ手に取る。
時間はない。速やかにレジへ。
店員が怪訝そうに見ている気がする。大丈夫。汗だくなだけ。
購入。
そして、店を出たらダッシュ。
今度は、崖を登る。
走っては上れない。手をつきながら体全体を使ってのぼるのだ。
手も泥だらけだ。
さあ、武道館から校舎内へ。
しかし、全てはうまくいかないものだ。
なんて、間が悪い。
新任の保健室の先生だ。
彼女はボロボロのこちらを見るなり、驚き、声も出せずにいる。
どうしたら……
その瞬間、全てを悟った気がしたぼくは、鮭のおにぎりを一つ彼女に渡し、その場から姿を消した。
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