ある日帰ると、妻が夜逃げしていた──離婚の喪失感から立ち直るまでの、静かな回復の物語
こんにちは、みはCOMです。
皆さんはこれまでに、言葉では言い表せないような喪失感や挫折を味わったことがありますか。
きっと、誰の人生にも少なからず、そうした瞬間があるのではないでしょうか。
肉親の死、受験の失敗、仕事での挫折──。
一人ひとりに、それぞれの形の痛みがあることと思います。
その中には、あまりに衝撃的で、今もなお心の奥に残り続けている出来事。
あるいは、自覚はしていなくても、今の人生に深く影を落としているような体験があるかもしれません。
私にも、いくつかの挫折の記憶があります。
最近では、病気をきっかけに、勤めていた会社を退職したこともその一つです。
ですが、それよりもずっと大きな衝撃だった出来事があります。
その出来事とは──
「妻に夜逃げされたこと」です。
何が起きたのか。少しだけ、当時のことをお話しさせてください。
忘れもしない、11月6日・土曜日の夜。
仕事を終え、深夜近くに家へと戻ると……
家がほとんど’もぬけの殻’でした。
鍵を開けて中に入ると、家電など生活の匂いを感じさせるものが何もない。
最低限の家具と、自分の衣服だけが、ぽつんと残されていました。
エアコンすら、外されていたんです。
何がどうなっているのか、すぐには理解できませんでした。
ただ、茫然と立ち尽くしていました。
心が、真っ白になるってこういうことかと思いました。
気づいた時には、何度も妻の携帯を鳴らしていました。
でも、何もつながらないまま、ただ時間だけが過ぎていきました。
皆さんにも、そんな経験はありませんか?
あまりにも予期しないことに直面して、頭がまったく働かず、
ただ茫然として立ち尽くすしかなかった…そんな瞬間が。
この時、私は間違いなく「人生のどん底」にいました。
また別の記事であらためて触れようと思いますが、
当時の私は、毎朝早くに家を出て、帰ってくるのは日付が変わる頃。
そんな生活を毎日のように続け、懸命に働いていました。
真面目に、誠実に、働いていたつもりでした。
だからこそ、まさか、妻がいなくなるなんて思ってもいなかったのです。
その衝撃はあまりにも大きく、
まさに、一瞬で深い谷底に突き落とされたような感覚でした。
友人が「離婚しそうなんだ」と話していたことはありました。
けれど、それはいつも、どこか他人事で。
まさか、それが自分に降りかかるとは、
その時まで、想像すらしていませんでした。
青天の霹靂とは、まさにこのことでした。
あまりのことに、仕事は何も手につきません。
人の話も右から左へと流れていく。完全に上の空です。
誰にも相談できず、ただ一人で悶々と過ごす日々。
そして、何がいけなかったのか。
どうして、あんなことになってしまったのか。
延々と、自分に問い続ける日々が始まりました。
谷底から這い出るために必要だったこと
その後、ようやく妻に会うことができました。
私は、崩れそうな気持ちを抱えながら、
何とかもう一度、気持ちを伝えたい一心で
必死に言葉を探しました。
けれど、女性なら分かると思います。
女性が一度決心したことは、もう覆りません。
男のようにうじうじ悩んだり、人の言葉に再度揺さぶられたりしません。
妻の背中には、もう戻らない覚悟が静かに宿っていました。
気付いた時には手遅れだったのです。
そして、「帰ってこない」と分かった瞬間──
心の底が、音を立てて崩れ落ちるのを感じました。
それは、一度落ちたはずの谷底の、さらにその下へ
突き落とされるような感覚でした。
半日ほどは、何も考えられず、ただ呆然としていました。
その後も数日間の記憶は曖昧なままです。
景色はぼやけて、時の流れの輪郭すら、はっきり思い出せません。
では、そんな深い谷底から、どうやって私は立ち直ったのでしょうか。
結論から言います。
全ては、時間が解決してくれます。
何も手につかない、そんな状態で「何かしなきゃ」と思うほうが無理なのです。
まずは、泣いてください。
思いきり、心のままに。
涙というのは不思議なもので、ひとしきり泣くと、心が不思議と落ち着きます。
そして次に、
なんでもいいから食べてください。
味なんて、きっとわからないと思います。
でも、それでもいい。
どんな時でも、おなかはすくものです。
ふと、「おなかすいたな」と感じたら、何でもいいので、口に入れてみてください。
人は、お腹が満たされることで少しだけ落ち着くことができます。
そして、ぼーっとしていると、気づけば眠りに落ちているものです。
翌朝、目が覚めたら、慌ただしく学校や仕事へ向かってください。
何も考えず、勉強や雑多な仕事に、悩殺されてください。
そうしているうちは、不思議と、別のことを考えていられるものです。
私自身も、このときは、ひたすら仕事をしていました。
でも、どんなプロジェクトだったのか、どんなことがあったのかは、一切覚えていません。
たぶん、仕事をしている「つもり」で、心ここにあらずだったのだと思います。
でも、それでよかったのだと思うのです。
そうやって、ただただ時間の流れに身をまかせるだけでも、十分なのです。
まずは、流されてください。
流されるままに、日常を送っているうちに──
気づけば、あの重たく苦しかった喪失感も、ほんの少しだけ薄れているものです。
そう、谷というのは、這い上がるものではなく、
気づけば、土が積もって埋まっているものなのです。
それには、どうしても「時間」が必要です。
じっくり、ゆっくり、時間をかけてください。
焦らなくていい。
あなたのペースで、大丈夫です。
それでも、ぬぐい切れぬ喪失感が、
ふとした拍子に襲いかかってくることがあります。
そんなときは、新しいことを始めてみましょう。
もしくは、なにか別のことで心を満たしてみてください。
新しい誰かを好きになる元気があれば、それも素敵です。
旅に出るのもいい。
趣味に没頭するのもいい。
夢中になれる何かに、少しずつ触れていきましょう。
心が傷ついたあとこそ、「何かに没頭できる時間」は、
少しずつ、癒しとなってあなたの内側をあたためてくれます。
仕事に打ち込むのも、ひとつの方法ではあります。
ただ、私は、これはあまりおすすめしません。
その理由については、いつか別の機会にお話しできたらと思います。
まとめ
時と共に、時間は誰にとっても平等に流れていきます。
それは、ある意味での「救い」かもしれません。
ただ流されるように日常を過ごしているうちに、
あの大きな喪失感も、少しずつ「思い出」という名前に変わっていくのです。
そうなれば、もう大丈夫。
あとは、苦い思い出として、
誰かとの語らいの中で、酒の肴にでもしてみてください。
気づけば、あなたは、ちゃんと乗り越えているはずです。
何か特別なことをする必要はありません。
誰にでもできる方法です。
もしあなたが、いま大きな喪失や失敗に出会っているのなら、
どうか、ここで書いたことを試してみてください。
気づけば、こうして人は乗り越えていくものです。
決して特別ではない、こんな私の体験だからこそ、
少しでも参考になれたら、嬉しく思います。
どうか、健やかな日々を送れますように。
心よりお祈りしています。

自然詩 「白き夢」
紺碧に浮かぶ白き社
巨影を落とし
遥か眼下の大地を見下ろす
光たたえ
奉るは栄光
風に泳ぐ
人の営みあまりに小さく
人の営みあまりに儚く
雄大なるその陰に
隠れ過ごす
光やわらげ安寧もたらし
健やかなる風
肌を撫でる
過ぎゆく年月
流れる雲の如く
流れゆく時の前に
夢現形なきく
人の思い留めるは
思いの中のみ
全ては形なく流れる
白き巨影
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