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天国行きの最終列車

🍊第61回 3つのお題(ファンタジー)
🎈お題①:「天国行きの最終列車」
🐾お題②:「百年後に届く宝箱」
⏳お題③:「記憶を運ぶ蝶」

お題④イラストから空想した世界を書いて下さい。

第1話 天国行きの最終列車

ナターシャは、天国行きの最終列車を待っていた。

やがて、音もなく一台の列車がホームへ滑り込んできた。

行き先表示には、

「天国行き 最終列車」

ナターシャは、深いため息をひとつついた。

この列車を逃せば、私はどの世界からも存在すら認めてもらえなくなる。

列車の扉の前に立ったナターシャは、そっと目を閉じた。

もう、あの人をここで待ってはいけない。

そう思った瞬間、涙がこぼれた。

もう一度だけ、会いたかった。

もう一度だけ――。

ナターシャの脳裏に、遠い昔の景色がよみがえった。

天国行きの最終列車

第2話 百年後に届く宝箱

若い頃、ナターシャは工場で働いていた。

朝早くから夕方まで働き、幼い兄弟を養っていた。

自分の服も、兄弟の服も自分で作った。

貧しい暮らしではあったが、いつも身ぎれいにしていたナターシャは美しく、男たちからよく声をかけられた。

「ナターシャ、今夜一緒に飲みに行かないかい?」

「ありがとう。でも奥様にバレたら、私じゃなくて、あんたが半殺しだよ」

男たちを笑わせながら、ナターシャはいつも誘いを断った。

家では幼い兄弟が待っている。
急いで帰って、夕飯を作らなければならないのだ。

ある日のこと。

いつものように買い物を済ませ、ナターシャが急ぎ足で家へ向かっていると、後ろから声がした。

「僕の自転車の後ろの席が空いてるけど、君、乗らないかい?」

また男からの誘いか。

ナターシャは顔も見ずに答えた。

「結構です」

ところが男はナターシャの荷物をひょいと持つと、

「ほら、早く。兄弟がお腹を空かせて待ってるんだろ?」

「どうして、それを……」

戸惑うナターシャを自転車の後ろに乗せ、男は走り出した。

仕方なくナターシャは、その背中につかまった。

家に着くと、男は笑った。

「いつでも僕に言ってくれていいよ」

それだけ言うと、夕暮れの道を自転車で帰っていった。

お礼も言ってないわね。

まあいいわ。
どうせ、もう会うこともないでしょう。

ところが翌日。

男はまた現れた。

その次の日も。
また、その次の日も。

毎日、男は自転車の後部座席にナターシャを乗せ、ただ家まで送ってくれた。

いつしかナターシャは、仕事が終わると彼の姿を探すようになっていた。

ある日の帰り道、ナターシャが尋ねた。

「そういえば、あなたの名前は?」

男は笑った。

「やっと聞いてくれたね。ミハイルだ」

「私はナターシャよ」

「知ってる」

「まあ!」

二人は顔を見合わせて笑った。

「今度、夕飯を一緒にどうかしら?」

「ぜひ、いただくよ」

一週間後、ナターシャはミハイルを家に招いた。

幼い兄弟たちは、優しいミハイルをすぐに好きになった。

それからミハイルは、毎日のようにナターシャたちと夕食を囲むようになった。

二人が深く愛し合うようになるまで、それほど時間はかからなかった。

ある日、ミハイルが言った。

「ナターシャ。一緒に来てほしい場所があるんだ」

連れて行かれた先には、ナターシャが見たこともないほど大きな屋敷があった。

きっと、ご両親がここで働いているのね。

そう思いながら屋敷へ入ると、ナターシャは大きな寝室へ通された。

そこには、一人の高齢の男性が横たわっていた。

その佇まいから、とても格式の高い人物であることが分かった。

「おじい様。ナターシャです」

ミハイルが言った。

ナターシャは驚いてミハイルを見た。

男性はナターシャをじっと見つめた。

「美しい……。とても美しい」

ナターシャは頬を染めた。

やがて老人は、静かに話し始めた。

「驚かせてすまない。そなたに頼みたいことがあるのじゃ」

老人のそばには、古びた大きな宝箱が置かれていた。

「この箱は、百年の時を越えて私のもとへ届いたものじゃ」

「百年……?」

「若い頃、私は一人の女性を愛しておった。しかし、私たちは決して結ばれることのない身であった」

二人は離れ離れになった。

その後、老人は最愛の女性がどこへ行ったのか、どのように生きたのかさえ知ることができなかったという。

それでも、生涯忘れることはなかった。

「そして、この宝箱が届いた」

しかし、老人にも、屋敷の誰にも箱を開けることはできなかった。

箱とともに、一枚の紙が入っていた。

そこには、

――人を心から愛し、慈しみ、その人を思い続ける心を持つ女性だけが、この箱を開くことができる。

そう書かれていた。

老人はナターシャを見つめた。

「ミハイルから、そなたの話を何度も聞いた。幼い兄弟を守り、懸命に生きてきたそなたなら、この箱を開けられるのではないかと思ったのじゃ」

ナターシャは宝箱の前に座った。

そっと手をかける。

カチッ。

小さな音がした。

百年間、誰にも開けることのできなかった宝箱が、ゆっくりと開いた。

中に宝石はなかった。
金貨もなかった。

入っていたのは――

たくさんの手紙だった。

老人は震える手で、一通の手紙を取り出した。

そして、その文字を見た瞬間、手紙を胸に抱いた。

「間違いない……。あの人の文字じゃ」

最愛の女性は、離れ離れになったあとも、老人を忘れてはいなかった。

会えなくなった日から、
毎日、毎日。

老人を思いながら手紙を書き続けていたのだ。

届くことのない手紙を。

老人の目から涙が流れた。

「私だけではなかったのだな……」

ナターシャは何も言わず、老人のそばに寄り添った。


百年後に届く宝箱

しばらくして老人は、ナターシャとミハイルを見た。

「ミハイル。そなたはナターシャを深く愛しているようじゃな」

「はい」

「身分の違いなど、どうにでもなる」

そしてナターシャに言った。

「ミハイルと一緒になってはくれぬか」

ナターシャは戸惑った。

「ありがとうございます。でも、私には幼い兄弟がおります。私がいなければ、路頭に迷ってしまいます」

老人は微笑んだ。

「心配には及ばない。兄弟も一緒に連れてくるのじゃ」

こうしてナターシャはミハイルと結婚した。

幼い兄弟たちも屋敷で暮らすようになり、やがてそれぞれ成長し、屋敷で働くようになった。

ナターシャは幸せだった。

あの日、宝箱の中にあった何百通もの手紙。

その時のナターシャには、まだ分からなかった。

会えなくなっても、
人は誰かを愛し続けることがある。

いつか自分も、
同じ思いを知ることになるとは――。

第3話 記憶を運ぶ蝶

ナターシャとミハイルが夫婦として過ごした時間は、あまりにも短かった。

ミハイルは病に倒れ、この世を去った。

ナターシャは、一人残された。

もう、ミハイルには会えないのね。

それでもナターシャは、ミハイルと暮らした屋敷を離れなかった。

長い年月が流れた。

そしてナターシャも、生涯を終えた。

今、ナターシャは天国行きの最終列車の前に立っている。

列車に乗れば、どこへ行くのかは分からない。

ミハイルに会えるとも限らない。

「もう少しだけ待っていたい……」

ナターシャが扉に手をかけた、その時だった。

一匹の蝶が現れた。

二匹。

三匹。

やがて、数え切れないほどの蝶がナターシャの周りを飛び始めた。

それは――

記憶を運ぶ蝶。

一匹の蝶がナターシャの肩にとまった。

その瞬間。

夕暮れの道が見えた。

「僕の自転車の後ろの席が空いてるけど、君、乗らないかい?」

若いミハイルが笑っている。

次の蝶が飛んできた。

兄弟たちと囲んだ夕食。

また一匹。

初めて屋敷へ連れて行かれた日。

また一匹。

結婚した日のミハイルの笑顔。

蝶たちは次々と、ナターシャのもとへ記憶を運んできた。

そして最後の一匹が飛んできた。

そこには、ミハイルがいた。

「ナターシャ」

「ミハイル……」

ほんの一瞬だった。

けれどナターシャには、それで十分だった。

あの日、百年後に届いた宝箱を開けた時、
老人が流した涙を思い出した。

会えなくなっても、
愛は消えない。

思い出は消えない。

そして、愛した人を思う心も消えない。

ナターシャは涙を拭いた。

「もう、迷わないわ」

天国行きの最終列車の扉が開いた。

「これから、あなたを探しに行くの。ミハイル」

ナターシャは列車へ乗り込んだ。

席に腰を下ろすと、
遠い昔、自転車の後部座席に初めて乗った日のことを思い出した。

あの日も私は、
行き先なんて知らなかった。

ただ、ミハイルの背中につかまっていた。

列車が静かに動き始めた。

窓の外には、
記憶を運ぶ蝶たちが飛んでいる。

ナターシャは微笑んだ。

今度もきっと、
この先にあなたがいる。

天国行きの最終列車は、
ナターシャを乗せて、
光の向こうへ走っていった。


記憶を運ぶ蝶

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