おふくろの鍋が食べたい
シロクマ文芸部の企画参加作品
まえがき
十二月は、寒さと同じくらい「胸の奥の痛み」も静かに沁みてくる季節です。
仕事、夢、家族、ひとりの夜……
ふとした瞬間に、誰しも“帰りたい場所”を思い出すのかもしれません。
この物語は、そんな十二月に、ひとりの男が思い出した
「おふくろの鍋」のお話です。
読んでくださる方の心にも、じんわりと温かさが届けば嬉しいです。
本文
おふくろの鍋が食べたい
十二月、俺はリストラにあった。
そんな予感はしていた。派遣社員なんて、すぐに切られちまう。
贅沢しないで貯めた金があるから、当座はしのげる。
今年はおふくろに温かいハンテンを送ってやりたかった。
暗く考えてもしょうがない。
明日から日雇いの仕事でもいいから探すことにしよう。
あー、寒い。暖房をケチらないといけないが、風邪をひいたらそれこそ元も子もない。
今夜は温かくして、おふくろの鍋をマネして作ってみるか。材料はありもので。
さぁ、できた。
豆腐が熱すぎてやけどしそうだ。
あー、出しがないとやっぱり今一つだな。
——あ、俺、泣いてる……
鍋の湯気がしみたかな……
おふくろの鍋が食べたい……
俺は少しセンチメンタルになっていた。
そんな時、電話が鳴った。
出ると、おふくろだった。
「小包を送ったけど、届いたかい?」
泣いていたことを知られないように、
「あ、まだ届いてないみたい」と返した。
「おふくろ、身体は大丈夫かい?」
「アンタこそ、ちゃんと食べてるかい?」
あー、仕事もちゃんとあるし、頼りにされてるんだ。
そう嘘をつくと、おふくろは安心したように、こう言った。
「そうかい。あんたは生きてるだけで、役に立っているよ。
おかあさんには、もったいない息子だよ。」
俺はこみ上げる涙を飲み込んだ。
「おふくろ、今、来客中なんだ。また俺からかけるよ。」
「ごめんね。ちゃんと食べるんだよ。」
そう言って電話は切れた。
——おふくろ、すまない。
俺は小さくつぶやいた。
次の日、おふくろからの小包が届いた。
中には手作りの野菜、ラーメン、お米、鍋のだしがたくさん入っていた。
そして封筒。開けてみると、手紙と通帳が入っていた。
元気にしているかい。
かあさんは元気だよ。
都会の冬も寒いだろうね。
あんたの夢はまだ叶えられていないのかい?
一度きりの人生。あんたが思うようにやりなさい。
かあさんは、あんたが元気でさえいてくれたら、それでいいんだよ。
通帳には、おふくろが長い年月をかけて
“俺のために”貯めてくれたお金が入っていた。
通帳の名前は—— 「夢をあきらめない」
俺は、その場に崩れてしまった。
自分の夢を、生活のために諦めていた。
でも、おふくろだけは、ずっと俺を信じていてくれた。
そう思うと、リストラされたことも、
夢を追いかけるための新しいスタートに思えてきた。
——俺の夢は、作家になること。
俺は、俺の人生を賭けて、小説を書いていく。
そう心に誓った。
その晩、おふくろの鍋をまた作った。
今度は、だしがある。
ほんの少しだけ、おふくろの味に近づいた。
やっぱり——おふくろの鍋が食べたい。

あとがき
この物語に登場する“おふくろ”は、
特別でも立派でもない、どこにでもいるような母親かもしれません。
けれど、息子を信じ続けるその心は、
誰にも負けない強さと優しさで満ちています。
人生の冬は、ある日突然やってきます。
けれど、その寒さの中でこそ、
人を温める“鍋のような愛”は、より深く味わえるのかもしれません。
読んでくださって、ありがとうございました。
あなたの心にも、あたたかい鍋の湯気が届きますように。
シロクマ文芸部のお題に書かせて頂きました。
お題をありがとうございます。
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