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悲しみの逃避行

片想い文芸部「月」「星」のお題で書かせて頂きました。
お題をありがとうございます。

まえがき
「月ではじまり、星で終わる物語」
そんなテーマをもらって、ふと浮かんだのは、約束の夜に一人バスに乗った男の人の姿でした。
好きだった人は来なかった。
だけど、それでも人生は続いていく。
切なさと静かな想いが残る、小さな逃避行の物語です。


本文
悲しみの逃避行
片桐みかん

月夜の晩、凛太朗は東京行きの急行バスの切符を、そっとポケットの中で握りしめていた。
2枚――そのうちの1枚は、星乃と約束した切符だ。
夜の風が少し冷たく感じる。
約束の時間、20時30分はもうすぐなのに、星乃はまだ来ない。
バス停のベンチに座って、凛太朗は星乃を待った。
バスが発車するギリギリまで、心のどこかで信じていた。
でも、星乃は現れなかった。
もう戻る場所はなかった。
凛太朗は東京での住まいも、働き口も決めていた。
だから、そのまま一人で、東京行きの急行バスに乗った。
福岡から東京まで、バスで8時間。
まったく眠れなかった。
星乃のことが頭から離れなくて、目を閉じるのが怖かった。
東京に着いても、星乃から連絡はなかった。
LINEは既読にならず、電話も出なかった。
きっと、これは自分だけの片想いだったんだ――
その現実が、じわじわと胸の奥にしみていった。
星乃を忘れたくて、凛太朗は働いた。
とにかく働いた。
食べることも、眠ることも、どうでもよくなるくらいに。
そうして、3年が過ぎた。
ある日、福岡の友人から、星乃が結婚したと聞いた。
もう、会うことは一生ないんだ――そう思った。
凛太朗が住むアパートの近くに、「星のしずく」という小さなカフェがある。
たまに、その店でコーヒーを飲むことがあった。
そこは、昔ふたりで通っていた喫茶店に、どこか雰囲気が似ていたから。
「忘れよう」と思っても、記憶ってそう簡単には消えてくれない。
心は見ないふりをしても、景色がふと、思い出を連れてくる。
その夜も月がきれいだった。
カフェ「星のしずく」の扉が、静かに開いた。
そこに立っていたのは、星…

イラスト:ChatGPT

あとがき
思い出って、消そうと思っても消えないものですね。
ふとした景色や空気の匂いに、過去の感情がよみがえることがあります。
この物語は、そんな“ひとつの想い”をそっと描いてみたくて書きました。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました🌙

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