恋のはじまりは雨の日に
せりふ三題噺の企画参加作品
【まえがき】
雨の日の海は、どこか人の心に似ています。
静かに見えても、その奥には言葉にならない想いが揺れているものです。
今回は、地平線に落ちる雨粒を見つめながら始まる、小さな恋の物語です。
【本文】
地平線に雨粒が落ちていく。
彼女は失恋の悲しみを海に流しに来ていた。
「はい、カット!」
監督の声が響く。
「お疲れさん。シーン32を撮るまで休憩してええで」
そう言われて、彼女はホテルの部屋へ戻った。
部屋に入ると、テーブルの上にグミが置いてある。
誰かの差し入れかな。
そう思いながら一粒口に入れる。
窓の外では雨がぽつり、ぽつりと落ちていた。
ガラスを流れる雨粒は、まるで涙のように見えた。
その時、スマートフォンが鳴った。
画面には見覚えのある名前。
元カレだった。
――今さら何の用?
無視しようかと思ったが、すぐにLINEの通知が届く。
「僕、結婚すんねん。招待状送っても来んのは分かっとるけど、一応送ったで」
結婚式の招待状だった。
彼とは高校の同級生。
恋人というより、長年の親友のような存在だった。
お互いの気持ちを打ち明けたこともあった。
彼は私を好きだと言い、私も彼が好きだった。
でも、友人から恋人になった途端、何かが噛み合わなくなった。
そして別れた。
友人関係も、その時に終わったと思っていた。
その日の撮影が終わったあと、私は海辺を歩いた。
雨はまだ降り続いている。
傘を差しながら波の音を聞いていると、後ろから声をかけられた。
「あの、すみません」
振り返ると、若い男性が立っていた。
「あなたのファンなんです。よかったら一緒に写真を撮ってもらえませんか?」
どう見ても私よりずっと年下だ。
「ええよ」
彼は緊張した様子で隣に立った。
写真を撮り終えると、私はいたずらっぽく尋ねた。
「で、感想は?」
「え?」
「写真撮ったやろ。感想聞かせて」
彼は慌てた。
「はい。素敵です。雨の似合う素敵な女性だと思います」
「なんか堅苦しいなぁ。そない緊張せんでええよ」
彼は少し笑った。
「ありがとうございます。この写真、一生の宝物にします」
「で、私のどこが好きなん?」
今度はさらに困った顔になる。
「えっと……どこというか……全部が良いのであります」
その言葉がおかしくて、私は思わず吹き出した。
彼もつられて笑う。
その時だった。
砂浜に足を取られ、彼がぐらりと傾いた。
私は慌てて手をつかんだ。
ところが、引っ張った勢いで二人ともそのまま砂の上へ。
顔にも髪にも砂がついてしまった。
お互いの姿を見て、また大笑いした。
それがきっかけだった。
LINEを交換し、時々連絡を取り合うようになった。
やがて元カレの結婚式の日がやってきた。
私はめいっぱいおしゃれをして披露宴へ向かった。
会場で席に着こうとした時だった。
家族席に見覚えのある顔があった。
海辺で出会った、あの若い男性だ。
目が合う。
そして同時に思い出したように笑った。
「あっ、あの時の……」
小さな笑い声が重なる。
後から聞けば、彼は新郎の親戚だった。
世の中は本当に狭い。
撮影は無事に終わり、ドラマの視聴率はうなぎ登り。
ありがたいことに仕事も増え、毎日忙しく過ごしている。
そして今日。
私は久しぶりに休暇を取った。
向かう先は、あの雨の浜辺。
そう――あの人と一緒に。

【あとがき】
雨の日は、悲しい出来事ばかりを連れてくるわけではありません。
時には、終わった恋を静かに見送り、新しい出会いを運んできてくれることもあります。
地平線の向こうには、まだ見ぬ景色が待っているのかもしれませんね。
せりふ三題噺のお題に書かせていただきました。
お題をありがとうございます。
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