深夜放送から届いた手紙
🍊第61回 3つのお題(昭和ノスタルジー)
🎈お題①:「海まで走った夏休み」
🐾お題②:「花火が消えたあと」
⏳お題③:「深夜放送から届いた手紙」
お題④イラストから空想した世界を書いて下さい。
第1話 海まで走った夏休み
夏休みになると、僕は毎日、友だちと夕暮れになるまで遊んだ。
僕らのお気に入りは、海辺にある小さな海の家だった。
ジュースを飲んだり、くだらない話をしたり。
毎日のように入り浸っていた僕らの前に、ある日突然、女神が現れたんだ。
その子は夏の間だけ、都会から遊びに来ていた。
長い髪を三つ編みにして、いつもかわいいワンピースを着ていた。
僕ら三人は、彼女と話をする機会を狙っていた。
でも、誰も勇気がない。
ある日、僕は母から用事を頼まれて、いつもより遅れて海の家に着いた。
友だちは、まだ来ていない。
そして――
彼女だけがいた。
これは、チャンス到来。
そう思った。
思ったのだけれど、いざとなると声をかけられない。
もじもじしていると、彼女のほうから話しかけてきた。
「あなたたち、近所の学校の子?」
「あ、ああ、そうだよ。君は都会から来たんだろ?」
「うん。でも都会と言っても、そんなに大きな町じゃないわよ」
「この海辺の町に比べたら、大きいさ」
彼女はクスッと笑った。
「ねぇ、お願いがあるの」
「な、なんだい?」
「私とデートしてほしいの」
「で、デート?」
僕は、自分でも分かるくらい声が裏返った。
「ここに来てから、どこにも遊びに行ってないの」
「どこに行きたいの?」
「どこでもいいわ。そうだ、明日行かない?」
「え、明日?」
「明日の朝8時。バス停で待ってる」
「う、うん。必ず行くよ」
その時、どかどかと足音がして、友だち二人が海の家へ入ってきた。
僕は何もなかったような顔をした。
でも、心臓だけはずっとドキドキしていた。
次の日。
目を覚ました僕は、時計を見た。
「うそだろ!」
7時50分。
待ち合わせは8時。
僕は着替えると、家を飛び出した。
走った。
とにかく走った。
海まで続く道を、
息を切らして走った。
遠くにバス停が見えてきた。
そして――
そこには彼女がいた。
僕を見つけると、笑いながら手を振った。
「遅いよ!」
「ご、ごめん!」
僕は膝に手をついて息を整えた。
「来ないかと思った」
「来るよ。約束したんだから」
その日、僕は彼女と、たった一日だけのデートを楽しんだ。
何を話したのか。
どこへ行ったのか。
今では、ところどころしか覚えていない。
でも、彼女が笑っていたことだけは覚えている。
夏が終わると、
彼女は都会へ帰っていった。
住所も聞かなかった。
連絡先なんて知らなかった。
僕の初めてのデートは、
ひと夏の思い出になった。

第2話 花火が消えたあと
僕は高校生になった。
夏休みになると、以前は毎日のように海の家へ行っていたけれど、部活を始めてからは、なかなか行けなくなった。
彼女はその後、海の家には来ていない。
そんな噂だけは聞いていた。
もう会うことはないのかもしれない。
そう思っていた。
ある夏の日。
珍しく部活が休みになり、僕は久しぶりに海の家へ行ってみた。
懐かしい潮の匂い。
昔とあまり変わらない店の中。
そこに、浴衣姿の女性がいた。
長い髪。
きれいな人だな。
そう思って見ていると、その女性が振り返った。
目が合った。
お互い、しばらく黙っていた。
そして同時に声を上げた。
「あー! あの時の……!」
彼女だった。
僕は嬉しかった。
でも、あの頃よりずっときれいになった彼女を、まともに見ることができなかった。
彼女は昔と変わらない笑顔で言った。
「今日、デートしない?」
「え、僕と?」
「今日、花火大会でしょ。一緒に行かない?」
「行くよ!」
今度はすぐに答えた。
「じゃあ、7時半に、あのバス停で」
「あのバス停?」
彼女が笑う。
僕も笑った。
「うん。あのバス停で」
夜。
僕がバス停へ行くと、
彼女はもう待っていた。
今度は遅刻しなかった。
「今日は早いね」
「もう走りたくないからね」
彼女は声を上げて笑った。
僕たちは、何年も離れていたことが嘘のように、すぐに打ち解けた。
花火大会は、たくさんの人で賑わっていた。
人の波に飲み込まれ、離れ離れになりそうになる。
僕は、とっさに彼女の手を握った。
彼女は何も言わなかった。
僕も何も言わなかった。
ただ、花火が終わるまで、
その手を離さなかった。
最後の花火が夜空に消えたあと、
僕たちは河川敷に並んで座った。
「大学に行くの?」
彼女が聞いた。
「ああ。東京の大学に行くつもり」
「じゃあ、東京で会えるね」
僕は彼女を見た。
「ほんと? 住所、教えてくれる?」
彼女は笑った。
「LINE交換しようか」
「いいの?」
「うん」
少し間を置いて、
彼女は小さな声で言った。
「小学生の時から、ずっと待ってた」
胸がドキッとした。
「え?」
「なんでもない」
彼女は笑って夜空を見上げた。
僕たちはLINEを交換した。
花火はもう消えていた。
それでも僕には、
夏の夜空がずっと明るく見えた。
こうして僕たちは、
途切れていた想いをもう一度つないだ。

第3話 深夜放送から届いた手紙
僕は東京の大学へ進学した。
大学生活を思い切り楽しむつもりだった。
彼女とも、今度こそたくさん会えると思っていた。
ところが、親からの仕送りをあまり期待できない状況になり、僕はアルバイトを始めた。
授業が終わるとバイトへ行く。
帰る頃には、もう夜遅い。
彼女からLINEが来ていた。
返事をしよう。
そう思いながら眠ってしまう。
翌日も。
その次の日も。
返事はだんだん短くなり、
やがて返すことさえ少なくなった。
彼女からの連絡も、
いつしか来なくなった。
僕たちは、
自然消滅したようになっていた。
ある夜。
バイトから帰った僕は、
いつものように深夜放送のラジオをつけた。
ベッドに横になり、
ぼんやりとDJの声を聞いていた。
眠りかけた、その時だった。
DJが一通の手紙を読み始めた。
「東京の大学に来たら、
毎日会えると思っていました。
でも実際は、
LINEの返事すら来なくなりました。
小学生の時、
突然いなくなってしまった私。
高校生の夏、
ふらりと現れた私。
それでも変わらず接してくれたあなたを、
私はずっと好きでした。
でも、それは
私だけの片想いだったみたいです。
私の初恋の人へ。
さようなら」
僕はベッドから起き上がった。
まさか。
いや、そんなはずはない。
でも――
彼女だ。
僕には分かった。
DJが言った。
「これは、なかなか切ない手紙ですねぇ。想いがすれ違って、彼女はこの恋に終止符を打とうとしているようです」
少し間を置いて、DJは続けた。
「もし、この放送を相手の彼が聞いていたら……何か彼女に言いなよ。まだ間に合うかもしれないよ」
僕はスマートフォンをつかんだ。
彼女に電話をかけた。
時間は夜中の1時。
こんな時間に電話をするなんて、非常識だと分かっている。
でも――
今かけなければ、本当に終わってしまう。
コール音が続いた。
出ない。
もう一度。
出ない。
何度かけても、
彼女は電話に出なかった。
「もう……終わったんだ」
僕は電話を切った。
そのまま倒れ込むようにベッドへ横になり、いつの間にか眠ってしまった。
それから5分後。
僕のLINE電話が鳴った。
けれど――
僕は気づかなかった。
朝。
目を覚ました僕は、
スマートフォンを見た。
着信が一件。
彼女だった。
「え……」
5時間も前。
僕が眠った直後、
彼女は電話をかけてくれていた。
終わっていなかった。
少なくとも、あの時は――。
僕はすぐに電話をかけようとした。
でも、指が止まった。
何を言えばいい?
ごめん。
忙しかった。
そんな言葉だけで、
彼女の寂しかった時間を埋められるのだろうか。
僕は考えた。
そして――
深夜放送に手紙を書いた。
数日後。
僕はいつものようにラジオをつけた。
DJの声が聞こえてきた。
「では、次のお便りです」
心臓が大きく鳴った。
「僕は君のことが好きです。
ずっと好きでした。
返事をしなかったのは、
君を嫌いになったからじゃない。
でも、
寂しい思いをさせたことに変わりはない。
ごめん。
それでも――
君もまだ僕のことが好きなら、
連絡を待っています」
DJが少し黙った。
そして言った。
「なかなかストレートな手紙ですね。でも、気持ちは伝わってきます」
僕はラジオを見つめた。
「ただ、この手紙……誰に宛てたものなのか、名前が書いてないんですよねぇ」
DJは笑った。
「さて。届くんでしょうか」
少しして、静かな声で続けた。
「青春って、ほろ苦いですね。恋の行方、とても気になるところです」
僕はベッドに横になった。
あの夏。
海まで走った朝。
何年か後、
同じバス停で待ち合わせた夜。
人混みの中で握った、
彼女の手。
花火が消えたあとの、
彼女の横顔。
全部、覚えている。
ラジオから音楽が流れ始めた。
僕はスマートフォンを枕元に置いた。
まだ、鳴らない。
彼女も今、
この深夜放送を聞いているだろうか。
僕の言葉は、
彼女のところまで走っていけただろうか。
僕は目を閉じた。
遠い夏の日。
海まで続く道を、
彼女の待つバス停へ向かって
夢中で走ったように――
今度は僕の言葉が、
彼女の心まで届くことを願って。
スマートフォンは、
まだ静かなままだった。
終わり

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