龍の眠る池
🍊第61回 3つのお題(日本むかし話)
🎈お題①:「龍の眠る池」
🐾お題②:「百年待った狐」
⏳お題③:「夜空を走る鹿」
お題④イラストから空想した世界を書いて下さい。
イラスト:ChatGPT
第1話 龍の眠る池
龍の眠る池には、大きな龍が住んでいる。
しかし、その姿を見た者はおらぬ。
龍を見た者は、命を奪われる――。
村には昔から、そんな言い伝えがあった。
ある夜、一人の若者が龍の眠る池を訪れた。
若者の母は重い病に伏せ、もう長くはないと言われていた。
若者は池のほとりにひざまずいた。
「どうか、私の母の病を治してください。母を助けてくださるなら、私の命と引き換えでも構いません」
祈るように、そう告げた。
しばらくして――
静かだった水面が、ゆっくりと動き始めた。
月明かりに照らされた池の奥から、巨大な龍が姿を現した。
若者は息をのんだ。
「ほんとうに、そなたの命をいただいてもよいのか?」
龍が尋ねた。
若者は龍をまっすぐに見た。
「はい。ただ、母が元気になったところを見届けてからにしていただきたい」
すると龍は、急に不機嫌そうな顔をした。
「なんじゃ。わしを信用しておらぬのか。この話はなしじゃ。帰ってくれ」
「そうは参りません!」
若者は必死だった。
「私は命乞いなどいたしません。ただ、本当に母が元気になったのか、それを確かめてから、この命を差し上げたいのです」
龍は黙って若者を見つめた。
やがて、低い声で尋ねた。
「母上は、どのような病なのじゃ?」
若者は母の様子を話した。
「おお、そうか……」
龍は何かを考えている。
「それなら、百年待った狐のところへ行くがよい」
「百年待った狐?」
「そうじゃ。ここから東へ向かった小高い丘におる」
「その狐なら、母を助けられるのですか?」
「行けば分かる」
龍はそれ以上、何も答えなかった。
若者は立ち上がり、深く頭を下げた。
「必ず戻ってまいります。母が助かったなら、約束どおり私の命を差し上げます」
「好きにせい」
龍はそう言うと、再び池の中へ消えていった。
若者は知らなかった。
龍が姿を消す直前、一枚の鱗を若者の懐へ忍ばせたことを。

第2話 百年待った狐
若者は、百年待った狐がいるという場所へ向かった。
小高い丘の上。
そこは月明かりに照らされ、風に揺れる草が銀色に輝いていた。
「本当に、伝説の狐が来るのだろうか……」
母には時間がない。
それでも若者は、何日でも待つ覚悟だった。
すると――
草むらの向こうから、一匹の美しい白狐が現れた。
月の光を受けた毛並みは、雪のように白く輝いている。
若者は驚かさないよう、そっと近づいた。
「あの……狐さん」
白狐が若者を見る。
「百年待った狐さんですよね?」
狐は若者の顔をじっと見たが、すぐに背を向けた。
「母が危篤なんです。どうしても助けたくて、ここまで来ました。龍の眠る池の龍から、あなたなら母を助けられると聞いたんです」
狐は振り返った。
「龍が?」
「はい。あなたは薬を作れると……」
「おやおや」
狐は小さく笑った。
「あの龍め。相変わらずじゃな」
「え?」
「私は薬なんぞ作れないよ」
「そんな……」
若者は肩を落とした。
ここまで来たのに。
母には、もう時間がない。
その様子を見た狐が尋ねた。
「あんた、母親を助けるためなら何でもするのかい?」
「もちろんです。龍には、母を助けてもらえるなら私の命を差し出すと約束しました」
狐はしばらく黙っていた。
やがて、月を見上げた。
「私はね、百年前からここで一人の人間を待っているんだよ」
「百年前?」
「ああ。昔、私の命を救ってくれた人がいた。その人と約束したんだ。百年後、この丘でまた会おうってね」
若者は何も言えなかった。
人間が百年後に同じ場所へ来られるはずがない。
「分かっているよ」
狐は笑った。
「人間の命が、そんなに長くないことくらい。でもね、約束したんだ。だから私は待っている」
白狐は若者へ近づいた。
「人の命は短い。だからこそ、一緒にいられる時間を大切にするんだよ」
そう言うと、自分の白い毛を一本抜いた。
「これを持ってお行き」
「これは?」
「今に分かるさ」
「でも、母の薬は……」
「空を飛ぶ白い鹿なら、あんたの母親を助けてやれるかもしれない」
狐は夜空を見上げた。
「そうさな。今夜なら、もうすぐ現れるはずだ」
「空を飛ぶ白い鹿……」
「急ぎな。母親には時間がないんだろう?」
「ありがとう!」
若者が頭を下げ、再び顔を上げた時――
白狐の姿は消えていた。

第3話 夜空を渡る白い鹿
若者は走った。
龍からは、百年待った狐のところへ行けと言われた。
狐からは、空を飛ぶ白い鹿を探せと言われた。
「本当に母を助けられるのか……」
不安になってきた。
「時間がないんだ……」
その時だった。
月夜を見上げると――
白い鹿が夜空を駆けていた。
月の光をまとい、星の間を渡るように走っている。
若者は叫ぼうとした。
しかし、なぜか声が出なかった。
小さな声で、
「白い鹿さん……母を助けてくれないか」
白い鹿は、そのまま夜空を走っていく。
聞こえなかったのか。
若者はうつむいた。
「もう駄目なのか……」
諦めて帰ろうとした、その時。
頭の上から声がした。
「おや。諦めるのが早くないかい?」
若者は驚いて空を見上げた。
白い鹿がこちらを見ている。
「母親への気持ちは、そんなもんかい?」
「違う!」
若者は叫んだ。
「母のためにここまで来たんだ!」
白い鹿は微笑んだ。
「それなら、私を母親のところへ案内して」
若者は走った。
こんなに速く走れるのかと思うほど、懸命に走った。
家へ着くと、母親はすでに虫の息だった。
「母さん! 母さん! 帰ってきたで!」
母親はうっすらと目を開けた。
「おお……帰ってきたかい……」
「母さん」
「最後に、お前に会えて……よかった……」
若者は母の冷たい手を両手で包み、必死に温めた。
「最後なんて言うな。俺が絶対に助けるから」
白い鹿は、二人の様子を静かに見つめていた。
やがて母親へ近づくと、目を閉じた。
「寿命だね……」
若者が振り返った。
「そんな……」
「寿命だけは、私にもどうすることもできない」
「お願いです! 何でもします。母を助けてください!」
白い鹿は若者を見つめた。
そして、ふっと笑った。
「でも、あんたは奇跡を起こしてほしいんだろう?」
「はい」
「それじゃあ――使ってみるか」
「何を?」
白い鹿は言った。
「龍の眠る池の、龍の鱗」
「龍の……?」
「懐を探してごらん」
若者が懐へ手を入れると――
一枚の美しい鱗が出てきた。
「これは……!」
若者は息をのんだ。
いつの間に。
白い鹿は続けた。
「そして、百年待った狐の毛」
若者は狐から渡された一本の白い毛を取り出した。
その時、ようやく若者は気づいた。
「もしかして……」
白い鹿は何も答えず、自分の角を少しだけ削った。
「龍の鱗。百年待った狐の毛。そして、私の角」
三つを煎じると、不思議な香りが部屋いっぱいに広がった。
白い鹿は、その薬を若者へ渡した。
「母親に飲ませておやり」
若者は母の身体をそっと起こし、薬を口へ運んだ。
母親は少しずつ薬を飲んだ。
「これで母は助かるのですか?」
白い鹿は窓辺へ歩いた。
「これは寿命を延ばす薬じゃない」
「では……」
「奇跡を呼ぶ薬さ」
白い鹿は若者を振り返った。
「奇跡が起きるかどうかは、母親がまだこの世に残りたいと思っているか。そして――」
若者を見る。
「あんたの思いが、母親に届くかどうかだよ」
そう言うと、白い鹿は窓から夜空へ飛び立った。
若者は母の手を握った。
「母さん……」
返事はない。
「まだ、俺には母さんが必要なんだ」
冷たい手を、両手で包み続けた。
「だから……もう少しだけ、一緒にいてくれ」
長い夜が過ぎていく。
やがて――
窓の向こうの空が、
ほんの少し明るくなった。
若者は母の手を握ったまま、
朝を待った。
母親に奇跡は起きたのでしょうか。
それとも――。
誰にも分かりません。
ただ、遠く離れた龍の眠る池では、
水面が一度だけ大きく揺れました。
百年待った狐は、
丘の上から朝焼けを見つめていました。
そして白い鹿は、
夜が明ける直前の空を、
ゆっくりと渡っていきました。
あなたは、奇跡を信じますか?

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