頑固に踏ん張る"頑張る"なんてしなくて良い 笑顔晴れ晴れで顔晴(がんば)ろう✨
明日、2024.12.21、冬至・・・
今年もゆず湯に入って
ゆったり過ごそ✨✨
(💌〜💌は先生への手紙)
術後の検査の為に、長く通った病院。そろそろ和多志もやりたい事が増えて来たので
10年を待たずに家の近くの元の病院に戻してもらう事になった。
何だか寂しい。転院書類を受け取ったらもう、やっと通いなれた駅にはもう降りない。
せめて最後くらい、何かお礼を、と、手作りサンキャッチャーに手紙を添えた。
診察室にはサンキャッチャーが陽の光を拾える窓は無いけれど
先生と患者さんが見える所に飾って欲しいとお願いをした。
💌手術をして下さり、ありがとうございました。
2週間も早く退院させて下さり、ありがとうございまた。
お腹から糸が出て来た時はびっくりしたけどキレイに縫って下さり、ありがとうございました。
それから2年、ズッてハッて子どもと生きて来ました。見た目が、みんなと変わらないと言う事は、ありがたい事でもあり、辛い事でもありました。💌
---静養している事が罪悪感でしか無かった。いつまで経っても体力も気力も整わない中、ズッてハッて子どもと生きて来ました。
---本当に、お風呂に入る事も、保護者会に行く事も、誰かに会う事もリハビリだった。
💌そんな中、先生の励しは、とても、苦しくもありました。💌
---『どんどん動いて!運動も仕事も何をやっても良いよ✨』
痛む傷口にテープを貼り、腹帯をし頑張った。
貼ったテープの痕がかぶれ、痒みと痛みの闘い。
誰も和多志の傷が痛くて痒いなんて知らない。
いつも顔、晴れ晴れ、笑顔でいたい、だから顔晴っていたかった。
---3年が経つ頃、やっと、納得のいく晩ご飯を作れました。冬至の夜でした。
気が付けばたった2回、お正月も、お誕生日(×3)も、夏休みも、ハロウィンにクリスマス、そして冬至も、満足に出来なかっただけ。たった2回ずつ、出来なかっただけ。
なのにもう10年くらい、暗く苦しい時を経た様な気持ちだった。
もう何でもできる気がした。でも、そうは行かないかなかった。
---手術から5年、這いつくばって、元気な和多志を探した。まだまだいける!顔晴れる!
7年経って、少しずつ壊れている事に気付かなかった。
8年目も終わる頃、ようやくその事に気が付いた。
💌先生にお礼のお手紙を書こうと思ったのは、これからも手術をした女性を励ましてあげて欲しいからです。ただ、ちゃんと休む事も言ってあげて下さい。
私の様に休む事が出来ないような人には、休んでもいいんだよ、サボッても良いんだよ、勿論、家事も運動もして良いんだよ、しちゃいけない事なんて何も無いんだよ、と、伝えてあげて下さい。
世の女性が明るく元気に生きる為に、先生が必要です。
先生も、ご自愛されながら、お元気でいて下さい。
Hava a Wonderful Xmas & Happy New Year💌
和多志は生きる
生きている
俗に言う命拾いを2度もした
だがそれは、言わば嘆きの命乞いであった
和多志は生きる
和多志にしか出来ない事
和多志だからできる事
和多志じゃなきゃ出来ない事
この歳でやっとかぁ
10年ひと昔
あと20年、、、
足りるかなぁ
なので目標生存120才!✨
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