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熊本地震に寄せて思うこと

皆さん、こんにちは。
 熊本で大きな地震が続いていますが、
ニュースを見るたび胸が締め付けられるような思いになります。
大型複合施設の崩壊映像は衝撃的でしたし、
何より熊本は過去にも大きな地震で被災している地域です。
「またか」「どうして何度も」
そう感じてしまう方も多いのではないでしょうか。

地震は、いつ、どこで、どの規模で
起きるか分かりません。
余震も続く可能性がありますし、
現地の方々にはどうか身の安全を第一に
行動していただきたいと願うばかりです。

私は東日本大震災で被災した経験があります。
その時の記憶は、今でも鮮明に残っています。
今回の熊本の状況を見ていると、
当時の光景がふと蘇り、
胸の奥がざわつくような感覚になります。
今日は、対人支援者として、
そして一人の人間として、
あの時の経験を改めて振り返りながら、
災害と向き合うことについて書いてみたいと思います。

■ 東日本大震災で見た「水がない」という現実

東日本大震災のとき、
私が勤務していた地域では水道管が破損し、
複数箇所で火災が発生しました。
「えっ、水は?」
火災を目の前にして、
消火に使う水がないという
現実を突きつけられた瞬間でした。

かろうじて配水タンクに残っていた水で
消火活動ができましたが、
浄水場も配水場も機能せず、
地域全体が「水のない生活」に突入しました。
蛇口をひねっても何も出ない。
トイレも流れない。 飲み水もない。
当たり前だと思っていたインフラが、
一瞬で止まるという経験は、
言葉にできないほどの衝撃でした。

さらに追い打ちをかけたのが、
計画停電の話です。
地下水を汲み上げるにも電力が必要で、
停電になれば浄水の工程が進まない。
水がない、電気も不安定、
燃料も不足している。
「どうすればいいのか」
職員も住民も、
皆が不安を抱えながら過ごしていました。

■ 給水所に並ぶ長い列と、そこで見た人の強さ

水道が止まった地域では、
給水所が設置されました。
私も給水対応に入りましたが、
そこには想像を超える長い列ができていました。
ポリタンクやペットボトルを抱え、
寒い中で何時間も並ぶ人々。
不安、焦り、疲労。
それでも、誰もが静かに順番を待ち、
周囲の人と声を掛け合いながら支え合っていました。

あの光景は、今でも忘れられません。

唯一の救いだったのは、
被災したのが金曜日の夕方だったことです。
翌日から土日で学校や公共施設が休みに入り、
平日ほどの混乱が起きなかったこと。
もし翌日が平日で、
通常の業務や登校が重なっていたら、
地域の混乱はさらに大きくなっていたでしょう。

「人はこんなにも強いのか」
「こんな状況でも、助け合えるのか」
給水所での経験は、私の価値観を大きく変えました。

■ 災害は「突然」ではなく、いつか必ず来るもの

熊本の地震を見ていると、
災害は決して「過去の出来事」ではなく、
今も、そして
これからも起こり得る現実だと痛感します。

東日本大震災のとき、
私たちは「まさかこんな規模の地震が来るとは」
と思いました。
しかし、災害はいつか必ず来るものです。
そして、来てしまった後にできることは限られています。

だからこそ、
・備蓄
・家族との連絡手段
・避難場所の確認
・地域の防災体制
こうした「事前の準備」が、
命を守る大きな力になります。

熊本の方々は、過去の経験から防災意識が高く、
地域のつながりも強いと聞きます。
それでも、繰り返し起こる災害は心身に
大きな負担を与えます。
どうか無理をせず、
周囲の方と支え合いながら過ごしてほしいと願っています。

■ 対人支援者として思うこと

私は現在、対人支援の仕事に携わっています。
人の不安や悩みに寄り添い、状況を整理し、
必要な支援につなげることが役割です。

災害時の不安は、普段の悩みとは質が違います。
「命の危険」
「生活の崩壊」
「未来が見えない恐怖」
こうした感情が一気に押し寄せます。

だからこそ、支援者にできることは、
・不安を否定しない
・気持ちを言葉にしてもらう
・状況を一緒に整理する
・必要な支援につなげる
・孤立させない
この5つだと感じています。

災害時、人は「自分だけが不安なのでは」
と思いがちです。
しかし、誰もが不安を抱えています。
その不安を言葉にできるだけで、
心の負担は少し軽くなります。

熊本の方々も、どうか一人で抱え込まず、
周囲の人や支援窓口に頼ってほしいと思います。

■ あの日の記憶は、今も私の中で生きている

東日本大震災から十年以上が経ちました。
街は復興し、生活は戻り、日常が続いています。
しかし、あの日の記憶は今も私の中で生きています。

水がない恐怖。
火災の煙。
給水所の列。
人の強さ。
助け合う姿。
そして、日常が一瞬で壊れるという現実。

熊本の地震を見て、改めて思います。
「災害は忘れた頃にやってくる」のではなく、
「災害は、忘れないように生きるための教訓を与えてくれる」のだと。

■ 最後に

熊本の皆さんが、一日でも早く安心して過ごせる
日々を取り戻せることを願っています。
そして、私たち自身も、
災害を「遠い地域の出来事」としてではなく、
いつか自分の身に起こり得る現実として捉え、
備えを進めていく必要があります。

あの日の経験を忘れず、 今を大切にし、
支え合いながら生きていくこと。

それが、災害を経験した私にできる、
ささやかな使命なのかもしれません。

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