「オレ、みんなのために何かしたい」~ “問題児” と呼ばれ続けた彼が、ふるえる声でつむいだ初めての願い
荒れ狂う嵐:職員室に響いた絶叫と、彼なりの理由
「てめー! うるせーんだよ!」
職員室のほうから、怒鳴り声がした。
授業が終わって私は子どもとおしゃべりしていたが、慌てて職員室に向かって走り出す。
「クソが! このヤロウ!」
ヒデトの声だ。まずい。だめだ!
思い切り職員室の扉を開けると、ヒデトが教頭先生になぐりかかっていた。
「ヒデ! やめろ!」
同時にかけつけたU先生と一緒に必死でヒデトの腕をつかみ、抑える。
ヒデトの体は大きくないが、怒りが爆発して、とんでもない力だ。
大人二人がかりでも動きを止められない!
なんとか二人で抱きつき、力いっぱい押さえつける。
「クソが! クソが! クソが!」
ヒデトは絶叫して、全身で抵抗し、暴れる。
教頭先生は逃げて職員室から出た。
ヒデトはすぐに追いかけようとして、その拍子で3人で床に倒れた。
「てめーなんて、てめーなんて……そんけーしてねーんだよ!」
手足を思いっきり振り回して、床を転げ回りながら、ヒデトは叫んだ。
そして……急に、大声で泣き始めた。
「なぜ」に寄り添う、放課後の対話
しばらくして、ヒデトと私は、別室に移った。
ヒデトは私のクラスの中学2年生。
転校してきて3か月も経っていないが、こんな事件は何度もあった。
泣き止んで、呼吸が落ち着くまで、またしばらくかかった。
この間、教頭先生にも、他の先生にも話を聞くことができなかった。
だから、事情がまったくわからない。
でも、興奮が収まるまでは声をかけず、話せるようになるまで待った。
1時間近く経ったころ、ようやくヒデトは、ぼそぼそと話し始めた。
「あのクソが、“敬語” を使えって言いやがった」
「職員室にプリントを取りに行っただけなのに、『失礼しますって言いなさい』とか『ありがとうございますは?』とか、うるせーんだよ」
「あのクソのことなんて、そんけーしてねーんだよ。しらねぇよ、あんなやつ」
「 “敬語”くらい知ってる。そんけーしてるやつに使うって。だからあのクソには使わなかった。それなのに、なんで注意されなきゃなんねーんだよ。ムカつく!」
(なるほど……そういうことか)
私はヒデトに言った。
「そうか。敬語って、たしかにそうだね。だから怒ったんだね。職員室に入ったとき、教頭先生に、なんて言ったの?」
「プリント、取りに来ましたって」
「そうなんだ。それはちゃんと言えたんだね。わかったよ。それでいい。それでいいよ」
ヒデトは私の目をじっと見て、小さくうなずいた。
「その後は、どうしたんだっけ?」
「しつこくうるさいから、なぐろうと思った」
「思っただけ?」
「なぐろうとした」
「それはやってもよかった?」
「……いや、よくは……ない」
「よし。わかってるな。それでいい。いいんだよ。ちょっと、失敗しちゃったな。失敗したときって、どうすればいい?」
「……あやまる」
「そうだね。それがいいかもね」
「今はあやまりたくない。まだムカついてる!」
「いいよ。後でいい。後であやまりに行きますって、言っておくから」
「でも、あやまるの、なんかやだ。怒ったのはあのクソのせいだから」
「そうか。そうだね。それじゃ、自分が悪かったところだけ、あやまろうか」
「なぐりに行ったことは悪かった。それだけあやまる」
「うん、そうそう。それでいいよ」
ヒデトは急に不安そうな顔になった。
「……あの、なかセン。あの、一緒に……行ってくれる?」
「ああ、そうか。あはは。心配なんだね。いいよ。一緒に行こっか」
「それなら行く。明日行く。……なかセン、あの……ごめんなさい」
「いいよいいよ。ちゃんとあやまってえらいね。ヒデのいいところは、失敗してもちゃんと後で素直にあやまるところだな。……さて、じゃあ、もう教室、戻ろっか」
ヒデトは、カッとなったら止まらないので、どの先生にも “問題児” という言われ方をしてしまう。
「いきなり怒りだして、わけわからん。ホント、どうしようもないヤツだ」と。
しかし、このような生徒であっても、意味もなく怒りだしたり暴れたりすることなどない。
今回の場合、敬語というものを理解していない部分はあるけれど、
「敬語は、尊敬する人に対して使う言葉」
⇒「教頭先生のことは尊敬していない」
⇒「だから敬語は使わない」
というのは、彼の中では筋が通っている。
それがまちがっていると言うのであれば、その流れを少しずつ修正し、時間をかけて、徐々に流れの向きを変えてあげればいいのだ。
しかし、多くの教師がやろうとするのは、いきなり川の流れをダムでせき止めて、子どもの感情の水をあふれさせるようなやり方。
教師はそこに気をつけなければならない。
教頭先生にはそう話して理解してもらい、翌日の謝罪もなんとか無事、終えることができた。
教頭先生もヒデトにあやまったので、ようやく彼も笑顔になった。
暴力を手放した後に訪れた、静かな「成長の痛み」
職員室の事件から2か月ほど経ったころ、ヒデトの暴力的なふるまいは、ほぼなくなっていた。
ところが今度は、
「授業に出たくない」
「保健室で休みたい」
と言い出した。
「あのバカ、今度は授業に出ないって。どんだけわがままなんだよ」
「うちの学校でもだめなんだったら、もう行くとこないよね」
心ない教師は、陰でそんなことを言う。
ヒデトはこれまで、何度も転校をくり返してきた。
どの学校でも、友だちや先生とトラブルになってしまうから。
親は教育熱心で、都会の学校よりも地方の小さな学校がいいのではないかと考え、うちの学校に通わせることにしたそうだ。
私は空き時間に、保健室のベッドで休んでいるヒデトのところに行って聞いた。
「おう、ヒデ。どうした? また、具合悪いかい?」
「悪くない。でも出たくない」
「そっか。なんかあった?」
ヒデトはしばらくだまってから、頭から布団をかぶり、やっと聞こえるような小さな声で言った。
「なんか……できない」
「できない?」
「オレ、みんなより勉強できるはずなのに……なんか、いろいろできない」
「勉強、わからないかい?」
「いや、わかる。わかるけど、うまくできない。友だちと話したり、みんなの話をまとめたりとか……。先生の話も、なかセンが言うことならわかるけど、他のヤツ、話長くて何言ってっかわかんない。だからみんなに助けてもらってる。だから……みんなに負担かけてる」
そうか。そうなんだ。
だから、悩んでたんだ。
これはヒデトのわがままなんかじゃない。
成長だ。
今までは、自分の感情むき出しで、ただキレて、暴れてた。
自分のことしか、考えてなかった。
自分のことしか、見えてなかった。
でも、今は他の人との関係性を理解し始めたんだ。
ところが、人との関係をうまくつくれない。
人の気持ちがわからない。
人にどうしてあげればいいのかもわからない。
だから、自信を失ってるんだ。
でも、それは後退じゃない。成長だ。
自分がやったことを、客観的に見られるようになってきたんだ。
だから、最近、暴れることがなくなってきた。
そういうことだったのか……。
一人の居場所を守るため、学校全体を動かす
「ヒデ、わかった。自信ないんだな。じゃあ、こうするのはどうだ。授業とかでどうしても困って教室に居れなくなったら、手を挙げて、保健室に行かせてもらう。『具合が悪い』とか、うその理由を言わなくていいようにする。そのかわり、回復したらちゃんと授業に戻る。それでどうだい?」
ヒデトは頭にかぶっていた布団をはらい、でもやっぱり自信なさそうに、私から少し目をそらして言った。
「……うん、それならやれそうだけど……。でも、他の人に『ずるい』とか、きっと言われる。『なんでお前は自由に授業抜けていいんだ?』って」
「大丈夫だ。先生方にもクラスのみんなにも、私からちゃんと伝える」
「でも、みんなにきらわれる。わがままだって」
「そうかい? 困ったら “キレて暴れる人間” と “静かに教室を出る人間”。どっちがわがままで、どっちが人にきらわれるんだろうね」
「あ、“キレて暴れる人間” だ」
「そうだろ。ヒデは今、キレないで生活できるようになってきた。それは成長なんだよ。保健室に来てるのだって、みんなに迷惑をかけたくないからだろ。だからまちがってない。あとは私にまかせろ」
「なかセン……あの……お願いします」
「おっ、『お願いします』なんて立派な言葉、いつ覚えたの?」
「いや、バカにしすぎだから。オレだってそれくらい言えっから」
ようやく、ヒデトに笑顔が戻った。
ところがこの件、クラスのみんなはすぐに納得したけれど、先生方の反対は強かった。
職員会議では……
「中野先生、ヒデトを甘やかしすぎです。彼だったら何でもOKなんですか?」
「他の子もそうしたいってなったら、誰が責任とるんですか?」
特にベテラン養護教諭のW先生は、
「保健室は “問題児の避難場所” じゃありません。具合が悪いのでなければ、使用は控えてほしいです」
それは、たしかにもっともだ。
でも、それで終わらせるわけにはいかない。
私は言った。
「皆さん、『生徒指導提要』には『児童生徒一人一人が自己指導能力を身につけることが重要』とはっきりと明記されています。彼が保健室に行こうとするのも、自分で自分をコントロールするために必要な処置なのです。それをさせないで、また職員室で大暴れするような事態をまねくことが、学校にとって良いということですか?」
結局、保健室ではなく別室になったけれど、職員会議で私の提案は通った。
一人の子どもを守るためには、学校全体を動かすことも、ときには必要なのだ。
ヒデトは、授業中耐えられなくなったら、別室(相談室)で過ごすことになった。
しかし、1か月も経つと、少しずつ、その頻度は減ってきた。
「回復したら授業に戻る」という約束したルールも守っている。
暴れなくなり、授業中も落ち着くようになると、クラスメートはもちろん、先生方の見る目も変わってきた。
“普通の中学生” になってきたのだ。
「ダメ人間だから、力をつけたい」:夕暮れの相談室での決意
3学期に入って少し経ったある日のこと。
昼休みの終わりにヒデトが来て言った。
「なかセン、放課後、ちょっと話あるんだけど、いいですか?」
表情がこわばって、にらむような真剣な目。
「どうした? そんな顔して。トイレでもがまんしてる?」
「いや、ふざけんでさ。まじめな話。大事な話」
「わかったよ。放課後ね」
夕暮れの相談室。
大事な話と言ったのに、ヒデトはなかなか切り出さない。
もじもじしていて、迷っている。
私は窓の外を眺め、「けっこうな雪だなあ」などとつぶやきながら、じっと待つ。
「……なかセン、オレ……生徒会の副会長に立候補したい」
「え!? 副会長? そうか! それはいい! だから最近、考え込んでたんだね」
「うん。でも、オレ、やっぱ “問題児” だから……。みんなに笑われるかも」
「そんなことない。……どうして生徒会の副会長になりたいと思った?」
「ユウトが会長に立候補するって言ってた。オレ、ユウト好きだし、友だちだし、信頼してっから、ユウト助けたい。一緒に仕事したい。みんなのために何かしたい」
「ヒデ、すごいよ! そんなこと考えてたんだ。ほんとすごい!」
「前に学級役員決めるとき、なかセン、みんなに言ってた。『力があるから役員やるんじゃない。力がないから役員やって力をつけるんだ』って。オレ、ダメ人間だから、役員やって力つけたい。ずっとみんなに迷惑かけてたから、力つけて、みんなのためになりたい」
「ヒデ、よく言った。ヒデはダメ人間なんかじゃないぞ。よし、明後日から立候補受け付けだから、その前に、クラスのみんなにヒデの思いを伝えよう。生徒会役員の立候補は、個人で出るんじゃなくて、学級でバックアップする。だから明日、みんなに伝えて、みんなに応援してもらおう」
「でも……正直、自信ない……」
「言葉は短くていい。みんなに向かって、今の思いをそのまま伝えるんだ。その後は私が話す。だから大丈夫だ」
「わかった。やってみる」
震える声でつむいだ「お願いします」
翌日、登校するなり、ヒデトは笑顔で、
「なかセン、練習してきた! 言葉、何回も練習した。だから、言えると思う!」
「そうか。じゃあ、帰りの会でみんなに立候補のこと伝えよう」
帰りの会の最後、私にうながされて、ヒデトはみんなの前に立った。
下を向いたまま、話し始める。
「私は今回、副会長に立候……」
何度も練習したと言っていたのに、もう言葉が出ない。
しばしの沈黙。
クラス31人が、静かに、次の言葉を待っている。
ヒデトは下を向いたまま、そっと、教室の後ろの隅にいる私を見た。
私は小さくうなずく。
「あの、みんな、オレ……あの……副会長……やりたい」
「オレ、ずっと……ダメなこと、悪いこと……暴れて……ごめん」
やっとのことでここまで言って、そして初めて顔を上げた。
「がんばる、副会長。ユウトと。だから、みんな……オレ……」
ヒデトは涙を浮かべている。後の言葉が出ない。
数人のすすり泣く声が聞こえる。
「オレ、お願いします……」
ヒデトはまた下を向き、急いで席に戻った。
一瞬の間があって、みんなの大きな拍手。
すると、会長立候補のユウトが席を立ち、みんなの前に出た。
満面の笑みで天を指さし、
「おれ、ヒデトと一緒に当選する! みんな、応援たのんまーす!」
(一同笑いながら拍手)
アケミ「ハイ!」
ユウト「お? ハイ、アケミちゃんどうぞ!」
「ヒデトさあ、ちょっと頼りないからさあ、中野学級ナンバー1の天才、アケミちゃんが責任者になっちゃいまーす!」
「出た出た。アケミの出たがりが……」
「うるさい! あたしが責任者なら、当選まちがいなしでーす!」
「おー!」(一同拍手)
ミツオ「ハイ!」
ユウト「お、ミツオくん、どうぞ」
「ハイ。ボク、ユウトくんの責任者に……なりませーん! でも、応援しちゃいまーす!」
「おい、おまえ! それ、手挙げて言う必要あんのかよ」
(一同爆笑)
大騒ぎの中、私はみんなの前に立ち、静かに言った。
「みんな、聞いてほしい。生徒会選挙は、クラスの代表として、人を送り出す選挙だ。みんながユウトさん、ヒデトさんを候補者として認めるなら、認める全員でバックアップするんだ。アケミさん、さっそく責任者に立候補してくれて、ありがとう。みんなの力で、2人に “力をつける場” を与えてほしい。選挙まで、総力戦だ。みんなで2人を応援しよう」
そして、ポスター書きから挨拶まわりまで、クラスみんなで協力。
ヒデトが一番心配していた「立会演説会」は、アケミの徹底した指導により、誰よりも堂々とした演説となった。
ヒデトにとって、人生で初めてと言っていいほどの大舞台。
先生方からもたくさんほめられ、大成功に終わった。
結果、ユウトとヒデトは二人とも当選。
生徒会の中心メンバーとして活躍し、後輩からも尊敬されるようになったヒデトは、もう暴れることも、相談室にこもることもなくなったのだ。
人を変えるのは、たったひとつ。それは「自信」である
私は、ヒデトから本当に、たくさんのことを学んだ。
かつては、長い間、ナイフのようにとがっていたヒデトを変えたきっかけは、「自分」から「他人」が見えるようになったこと。
そして、彼を本当に変えたのは、「自信」だった。
「自信」といっても、おおげさなものじゃない。
最初は、
「自分の言うことを、先生に(親に)ちゃんと聞いてもらえた」
というくらいの、ささいなこと。
それが子どもの胸の中で、「人に受け入れてもらった」という、小さいけれど確実な、ひとつの実績になる。
そして、そのような接し方を大人が続けていれば、その実績は積み重なっていく。
ただ、いくつ積み重なっても、そのときは、その子が成長しているようにはまったく見えない。
今までのまま。何の変化もない。悪い子は悪いまま。
だから大人はがっかりする。あきらめてしまう。
でも……
それでもあきらめないで関わっていると、あるとき突然、びっくりするような変化が起こる。
それも「大きな前進」どころの騒ぎではない。
ロケットが光速で打ち上がるくらいの変化。
ヒデトは、その中の一例にすぎない。
「子どもは少しずつ、良くなっていく」
というのは、私の経験から言えば、まちがいだ。
どの子も、あるとき、突然変わる。
大事なことは、それまで根気強く、頑張らずに淡々と、子どもと付き合っていくこと。
その時間は、決して大人を裏切ることはない。
もしかしたら、突然の変化は10年後か、20年後かもしれない。
でも、それでもいい。
学校の中だけで人生が終わるわけじゃないから。
いつかもう、子どもが大人になって、「中野」という教師の存在などとうに忘れたころに、劇的な変化が現れても面白い。
私はそんな気持ちで教師をやっています。
長文を読んでいただき、本当にありがとうございました。
もし、今、子どもとのかかわりに悩んでいる方がおりましたら、
教師の方でも、保護者の方でも、気軽に声をかけてください。
