教師に反抗的で、挑戦してくる子どもとどう向き合うのか?
子どもたちが「先生、聞いてほしい」と訴えてきた日
ある日、複数の生徒が私のもとへやってきて、こう言いました。
「A君とB君が、トイレでお菓子を食べてます」
A君は中学2年生。学校でも有名な“やんちゃな子”です。
これまで、隣のクラスのB君と組んで、いじめ・授業の抜け出し・万引き……と、数々の問題を起こしてきました。
教師に対しても非常に反抗的。多くの先生が関わるのを避けるほどです。
A君の担任も苦手意識を持っていて、まともに話すことができない様子。
だから生徒たちは、2年担当でもない私に訴えてきたのです。
「やってません」と笑うA君
事実確認のためにA君に話を聞きました(B君には担任が同時に対応)。
しかし、予想どおりの返答でした。
「知りません」
「やってません」
「オレじゃなくて、他の人だと思います」
「誰がそんなことを言っているんですか?」
「先生が生徒を疑っていいんですか?」
「やってないのにこんなことを聞かれるのは納得いかない」
薄ら笑いを浮かべながら、まったく認めようとしません。
さて、若い教師のあなたなら、この後、A君にどう対応しますか?
「正面から責める」では通用しない
このように教師に挑戦してくるタイプの子どもは、中学校にも小学校にもいます。
中には「オレがあいつをやめさせた!」と豪語する子までいるのです。
実際、このような子にうまく対応できず、心を病んで休職や退職をしてしまう教師も少なくありません。
だからこそ、教師は「反抗的で、挑戦してくる子」への具体的な対応を知っておく必要があります。
まず最初に注意すべきは、A君に対していきなり、
「おまえがやったんだろ」
「しらばっくれるな」
などと責めないこと。
彼のような“戦い慣れた子”には、並の教師が正面からぶつかっても勝てません。
むしろ、「親に言いますよ」「教育委員会に連絡します」などと逆手に取られ、ペースを握られてしまうのです。
「君じゃないということだね」から始める
私はまず、A君の話を受け止めることにしました。
「なるほど。君じゃないということだね。じゃあなぜ、複数の人から君の名前が出たのかな?」
「そんなこと知りません。みんなが勝手に言ってることです。オレに関係ありません」
「じゃあ、何人もの人が言ってるけど、全部まちがっているっていうこと?」
「そうです。だってやってないから」
「そうか。わかったよ。君はやってない、ということだね」
「そうです」
このように、いくらA君の主張が疑わしかったとしても、A君の主張をまず “受け止める” ことはきわめて重要です。
なぜなら、教師と生徒のトラブルのほとんどは、
「先生が自分の話を聞いてくれなかった」
という誤解から始まるからです。
教師が子どもの言葉を頭から否定すると、それが尾を引き、やがて保護者を巻き込む大問題に発展することがあります。
教師が休職や退職にまで追い込まれるケースの多くは、この“初動のミス”が原因です。
「受け止める」と「同意する」はちがう
ただし、受け止めるというのは「同意する」ことではありません。
ここからが本番です。
「君の言ってることはわかった。でも、悪いけど、納得できないよ」
「何人もの人が、トイレでお菓子の袋を見つけて、しかも君やB君を見たと言ってる。見た人がひとりなら間違いかもしれないけど、ひとりじゃない。だからたぶん、君の言っていることがちがうんだよ」
A君は反論します。
「でも、オレはやってません。他のやつのことばっかり信じて、オレを信じないのは “差別” でしょ。教師がそんなことしていいんですか?」
ここで、“差別” というワードを使ってきました。
私は、心の中で「来たな」と思いました。
このように論理を飛躍させ、どさくさにまぎれて逃れようとする。
この瞬間を見逃しません。
私はこれまでおだやかに話していたトーンを一変させ、鋭い一撃を放ちます。
「差別? 差別って、どういうことだ? 他の人と君の言ってることがちがう、って言っただけだ。君を信じないとか、他の人を信じるとか、そんなことひとことでも言ったか? それが差別ってどういうことだ。答えによっては、こっちもだまっちゃいないぞ」
A君は少しあせって答えました。
「いや、すみません。差別ではないです。でも先生、オレのこと信じちゃいないでしょ」
私はおだやかな口調に戻して言いました。
「こういう問題は、誰を信じるかじゃない。事実は何か、しかないんだよ」
そして静かに、でもはっきりと言いました。
「いいか。私は納得しなかったら、君でなくても誰でも、何十回でも聞く。関係者全員に、徹底して聞くからな。たかがお菓子を食べたかどうか、そんなくだらないことでうそをついて、何度も呼ばれるのはとても愚かなことだ。もしやったのが君なら、早めに言ったほうがいいぞ。こっちは、事実がわかるまで、徹底的に調べるから」
子どもとの “真剣勝負” から逃げない
A君のような子は、このように教師に対して、
「自分の言うことは聞いてもらえない」
「先生は自分を信じてくれない」
「差別をされた」
という論議に引きずり込もうとします。
それが、彼らの戦い方なのです。
なぜなら、そう言ってしまえば誰も反論できないので、大きな声で騒いだ方が勝つからです。
それで多くの教師は “ビビって” しまい、結局何も言えなくなる。
それでは、問題は解決しません。
だから私は、終始「事実」に焦点を当て続けました。
A君のペースに乗らず、すり替えのタイミングを待ち、そこで封じる。
終始おだやかに、しかしすり替えの起こったタイミングでは急激に態度を変え、その “一点だけ” を徹底的に突く。
事実にはない一点だけを突くことは、事件全体の印象からその子の全人格を否定するような事態にならないためにも大事なことです。
その子のまちがった理屈を否定するのが教育であって、その子自体を否定してはならない。
そのために教師に必要なのは、子どもと正面からぶつかって理屈で勝とうとすることではなく、事実だけを追及する “ゆるがない軸” をもつことなのです。
本当に救うべきはA君のように「問題を起こす子」
2回目の面談で、A君は事実を認めました。
「お菓子を食べたのは自分とB君。B君を誘ったのは自分です」と。
なんで認めたかと聞くと、もう逃れられないと思ったからのようです。
私は言いました。
「よく正直に言ったね。それでいいんだよ。誰でもまちがっちゃうことはあるから。先生なんて、いまだに毎日まちがってるよ(笑)」
2人で笑い合いました。
A君のような子がいると、多くの教師は「問題児」とラベルを貼り、とにかく避けようとします。
しかし、それでは何も変わらない。
本当に救わなければならないのは、問題を起こすその子自身です。
彼らが社会に出てさらに大きな問題を起こす前に、「間違いを認めること」の大切さを教える。
それが、教師の使命なのだと思います。
